ああもう、ついてないなぁ。

道端のちょっとした段差に腰を預け、鼻緒の切れた下駄をぶらぶらと指に引っ掛けて揺らす。普段は人気の少ない道の人口密度は増していて、カップルや親子連れが仲睦まじげに歩いていくその様を、ぼんやりと眺めながらもう一度同じように呟いた。



「ついてないなぁ…」



彼らの行き先は、少し前まで私も向かっていた場所のはずで。
本当なら今頃は既に到着して場の空気を友人達と楽しみつつ、メインイベントを待ちわびていたはずなのだけれど。

そこまで考えて、ああでもどうだろうか、と思い直す。
私は最初から、あの場では異分子だったような気もする。



(全然気づいてなかったしなー…)



仲のいい男女を集めて、ただ皆でお祭りに行く。そこに深い意味なんてないと思っていた私に、いつの間にか色気付いていた友人達は当日になると、ある程度廻ったら男女二人ずつに分かれるから、なんて言い出して。
いつからそんな思惑が働いていたのか、着いていけていない私には気になったり好きだったりする男子がいるはずもなく。

女一人溢れる人数構成だったから、そういう気もない男子と二人きりにされるという気まずい展開は避けられたのだろう、けれど。
祭りに向かう途中、運悪く切れてしまった鼻緒を理由に集団から外れたのも、別に後悔しているわけでもない。



(でもなぁ)



せっかくのお祭りで、お気に入りの浴衣を着て。花火もあるし、少しだけ遅くまで皆と遊べると期待していたのに。
色恋に走る友人達を責めたいわけではないけれど、なんというか、とても馬鹿らしい気持ちになる。空回り感が半端ない。

何しに来たんだろう、私、馬鹿みたい。
綺麗に着付けて、髪だっていつもより可愛く結って、皆と遊べるのを楽しみにしていた。その結果が勘違いに空回り、しかも鼻緒が切れた所為で歩く気もしない、とは。

この状況はさすがに虚しすぎる。



(…帰ろうかな)



露店方向に向かう人の数も、まばらになってきた。
メインイベントの花火の打ち上げまではまだ時間があるだろうから、殆どの人は露店に行き着いているのだろう。考えたらお腹まで空いてくるから、頭の中から追い払った。

お祭りに一人ぼっちなんて寂しすぎるし、人混みを鼻緒の切れた下駄で歩き回れるわけもない。
人通りの少なくなってきた道なら若干不格好でも諦めはつく。いっそのこと裸足で帰ってやろうかとまで思うのは、投げ遣りすぎるだろうか。

けれど、もう祭りを楽しむ気分に戻れそうにない。そうなると、いつまでもこの場に座り込んでいるのも無意味で。
深い溜息を吐き出しながら立ち上がり、自棄気味に無事な方の下駄も脱いでしまった。どこかで履くものを売っていたら買って帰ろうと、考えての行為だったのだけれど。



「…みょうじさん?」

「へ?」



突然呼ばれた名前に、驚いて顔を上げる。下駄を脱ごうとする中途半端な体勢から一旦姿勢を戻して辺りを窺うと、少し距離を置いた場所に唐突に一つの影が現れた。



「!?」



思わず仰け反った私の、斜め前数メートル先。一人ぽつんと立っている同年代らしき男子は、私の驚愕を物ともせず、底の知れない眼差しを向けてきていた。



「女性がこんなところで一人でいるのは、危ないですよ」

「へ? あ、はぁ…え…?」



誰だっけ。この人。

本当に突然、目の前に現れた男子にうまく言葉を返せない。気遣う言葉に悪意は感じない。けれど、見覚えはない顔だった。

聞き間違いでなければ名前を呼ばれたような気がしたのだけれど…。表情の動きの乏しいその顔をまじまじと見上げ返せば、不思議そうに首を傾げられる。
もしかして知り合いなのかとも思ったのだけれど、同年代で丁寧口調の知り合いなんて…。



「…あの…」

「?…あ」

「えっ?」

「鼻緒が切れてしまったんですね。それで座り込んでたんですか」

「あ、えっと…はい…」



どうしよう。訊ねるタイミングを逃した。
でも、どうも見知らぬ人間にしては馴れ馴れしい。嫌な感じはしないけれど、初対面としては違和感がある。

悩む気持ちが顔に出ていたのか、街灯に照らされた見知らぬ彼の目が瞬いた。



「どうかしましたか?」

「えっ、いやー…」

「?」

「…ええと、失礼なことを訊いてしまうんですけど」



せっかく再びチャンスを与えられたのだから、訊ねなければ。
そうは思うがどう繕っても貴方は誰ですか、なんて問い掛けは不躾で、なんとか不快感の少ない言い方はないかと模索する。



「あの…どこで、知り合いましたっけ…?」

「え?」

「ご…ごめんなさいっ…あの、私人の顔覚えるの苦手で、その…っ」

「ああ…いえ、大丈夫です。解りました」



一応配慮しながらの質問に、きょとんと丸くなった瞳はすぐに弛められた。
どうやら気を悪くさせずに済んだかとほっとした私に、しかし次に落とされた言葉は爆弾だった。



「知ったのは、クラスで…同じクラスの、黒子テツヤです」

「………へっ?」

「ボクは目立ちませんし、直接会話したこともありませんから…みょうじさんが知らなくても無理は」

「あ、えっ? ええっ!?」



同じクラス…!?

ぎょっとする私に気にした様子もなく、すみません、と軽い謝罪を述べる彼にいやいや、と首を振って返したい。
だって、クラスメイトだとしたら、顔を知らないなんてどれだけ失礼なんだという話だ。



(名前は、聞き覚えあるし…!)



でも、確かに顔は思い出せない。気にしたことがなかったからか。
彼自身目立たない、と言ったし、関わりもなかったけれど、それでも同じクラスに所属しているのならあまりにも、これは…。



「ごっ…ごめんなさい!!」



勢いよく頭を下げて謝れば、慣れているから、と真実気にしていなさそうな声が返される。
けれどこれは、慣れているとかいないとかの問題ではない。



「だって、失礼だよ!? 気にして声をかけてくれたみたいなのに、誰か判らないとかっ…私本当に、最悪…」

「いえ…あまり気に病まないでください。本当によくあることですから」

「でも…」

「それより、下駄も履けないのに立ち上がって、みょうじさんは裸足ででも歩くつもりだったんですか」



謝っても謝りきれない。申し訳なさに消えてなくなりたい私を気遣ってか、話題を変えてくれた男子改め黒子くんに、しかし再び息が詰まった。



「うっ…えっと…まぁ…」

「駄目ですよ。今日は特に何が落ちているか分かりませんし、足を怪我してしまいます」



関わり合いも特にないのにわざわざ声をかけてくれたのだから、優しい人なのだろう。
窘められても反発心が芽生えるわけはない。けれどそれ以上に、何度も頭を下げたくなる。

心配されているのが申し訳なくて。けれど、一応私にも言い分はあって。



「そう、なんだけど…でも、このままここにいても仕方ないし…」

「そうですね。どうして一人なのかは知りませんけど、その分では頼る人もいなさそうですし……それなら、ここで少し待っていてください」

「へっ?」



待っていて、とは、どういう意味だろう。

私の口から間抜けな声が飛び出しても、彼は触れずに平然と答えてくれた。
その内容はまた、突拍子もないものだったが。



「近場で履くものを見繕ってきます。急いだ方がいいし、浴衣に合うかは分かりませんけど…」

「えっ!? い、いやそんな迷惑はかけられないよ! 黒子くんだって誰かとお祭りに来たんじゃないの!?」

「連絡すればいい話です。最初にも言いましたけど、夜にこんな場所で女性が一人でいるのはよくないですよ」

「いや、でもね…!?」



おかしい。とてもおかしい流れだ。
仲のいい友人達には私から言い出したとは言え置いていかれたのに、今の今まで関わりのなかったクラスメイトが頑として譲ってくれない、なんて。

さすがにそんな面倒なことはさせられないと思うのに、目立たないと言ったわりに芯が強いらしい彼は私の言い分を聞き入れる気はないようだ。



「どこかのお店までおぶっていってもいいんですけど…着崩れたら勿体ないですし」

「お、おぶ…」

「浴衣、綺麗に着られてお似合いですから。ここで待っていてくださいね」



あまり動かないと思っていた表情が動いて、その頬の上で影が揺れる。
薄く、それでも柔らかく弛んだ頬に、言われ慣れない言葉。差し伸べられた優しさに、心臓が引き締まった。

ああ、これ、どうしよう。



(ついてない…こともなかった…かも)



とても、とても単純でどうしようもないけれど。
少しの間周囲に警戒しながら待っていてほしいと口にした、彼が遠ざかり見えなくなるまで、その背中から目を離せなかった。






千切れ結び




今が夜で、よかったかもしれない…。

火照る頬を両手で押さえながら、地面に転がしてある下駄にほんの少しだけ感謝した。







るぅさんお誕生日おめでとうございました!
千切れたのは鼻緒、結んだのは縁。というわけで、リクエスト貰った黒子、花火というキーワードを活かせませんでした…私の力不足です。すみません(´∀`)
多分この後履くものを履いたら成り行きで一緒に打ち上げ花火とか観るんじゃないかなぁ…と。後付け乙!!
プレゼントなのに沿えなくて申し訳ないです…祝う気持ちはばっちりあるんですが…|ω・`)°。
こんなものでよかったら貰ってやってください。本当におめでとうございました!

20130729. 


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