「みょうじさん、みょうじさん!」



個人的に特に親しくしているわけではない、クラスメイトの後輩だという目立つ容姿をした生徒から名指しを受けた私は、へっ、と間抜けな声を発してそのまま固まってしまった。

視線だけを動かして確かめた斜め前の席、そこに座る幾らかは親しくさせていただいているクラスメイトは、こちらを窺う姿勢で軽く頬を引き攣らせている。
その反応から、どうやら私の空耳ではなかったようだと判断して、何故か部活の先輩の方でなく、私の席の前に立った影へと顔を持ち上げた。



「最近、っていうかたったさっきのことなんですけど!」

「え、う、うん?」



突然話しかけられたかと思うと、更にずいっと詰め寄られて、反射的に身体が仰け反る。背中が椅子の背に貼り付いた。
何が何だかよく分からないまま狼狽えている私の様子も全く見えていないのか、元々気にするような質でもないのか。一気に近付いた日本人離れした色の瞳は、何故だか爛々と輝いていた。



「背が高い奴って頭撫でられると弱いって聞いたんですよ! で、俺背ぇ結構高いじゃないっスか!」

「あ、はい……そうだね?」

「だからみょうじさんちょっとやってくれませんかっ?」

「は……い?」



何言ってるんだこの子。

からっと晴れた空のような笑顔に気圧されながら、私まで頬が引き攣っていく気がする。返事が曖昧なものになってしまったけれど、これも致し方ないことだろう。

バレーボール部の新入生だと聞く灰羽リエーフくんと私の間には、これと言える関わりが何もない。本当に、何一つないはずだ。
強いて言うなら、彼が彼の先輩……私のクラスメイトである夜久くんや黒尾くんを訪ねてくる時に、軽く挨拶を交わす程度の関係というくらいのもので。

異国の血の混ざる容姿は勿論のこと、性格も明るく誰を相手にしても物怖じしそうにない後輩だ。私が一方的に認識しているだけならともかく、彼の方はよく私の名前まで覚えていたな…と、妙な感動を覚えてしまう。
そのくらい、気にも留められていない存在だと思っていたのだけれど。



(いや…いや。撫でてくれ、って……)



そうだ。それよりも、気になる発言が出てきたのだった。
つい目の前の彼の勢いに気を取られてしまった所為で、突っ込みを入れるタイミングをも逃してしまった。

そもそも、それって君の方から頼んでやってもらうことじゃないんじゃ……と言いたかった私の感性は、おかしくない。と、思う。
恐らく、灰羽くんの挙げた例というのは、女の子の方が相手の行為を引き出すために使う手立てとか、そういうものに近い行為なのではないだろうか。
恋愛事にはからきし縁のない私には、実際どうなのかまではよく分からないけれど。話を聞いただけだと、駆け引き的な要素が強くいかにもリアルに使われていそうな感じだ。

しかし、願い出てきた彼自身はそんなことは気にするどころか考えもしていない様子で、「あ、しゃがんだ方がいいですね!」などと、既に乗り気で体勢を整え始めている。
違うよそうじゃないんだよ灰羽くん…と否定するのも憚られる直向きっぷりを見せ付けられると、はっきり首を横に振ることもしにくい。

何というか、弟キャラ、もしくは後輩キャラの鑑と言うやつだろうか。やってもらえるのが当たり前だと信じきっている態度は、誰にでも真似できるものではない。彼の才能かもしれないとまで思った。
いや、そんな才能を向けられること自体は、全く嬉しくはないのだけれど。



(どうしよう……)



どうしたものか、答え倦ねて対応にも困り、実際に彼と関わりの多いクラスメイトへと助けを求めようと首の角度を変える。すると、振り返った先の夜久くんも夜久くんで額に手を当てて項垂れていた。

こっちもあまり期待できそうにないと、その一瞬間で悟ってしまえたのが虚しい。



「……あの…夜久くん、これは……」

「ごめん……馬鹿なんだ」

「う、うん」



いや、それは解るんだけど。失礼ながらそんな気はしてるんだけど。
それより、私は期待に応えなければならないのだろうか。期待に満ちている灰羽くんと、クラスの人間の興味の視線がびしばしと突き刺さるのが何とも居心地が悪くて息まで詰まる。

そう、場所と時間も問題なのだ。
昼休みも終わりに近付いた教室内には、外に出ていた所属生徒も集まり帰ってくる。もう少し人目がなければ、今ほど躊躇することもなかったのかもしれない。
クラスの人間に変に誤解されて、からかわれたりするのは避けたい。そう考えるのは、思春期のごく一般的女子としては普通のことだと思う。



「えっと…何で私?」



何とか、話を逸らせないものか。
流されかけている空気に焦りながら、とりあえず投げ掛けてもおかしくない疑問を口にすることにした。
その質問に、ちゃっかり机に腕を置いてしゃがみこんでいた灰羽くんは、え?、と見開いた目を瞬かせる。



「だって男に撫でられても嬉しくないじゃないっスか」

「う、うんん?」



それは、確かにそうかもしれないけども。
夜久くんや黒尾くん辺りが撫でる図というのもよく解らないものがあるけれど……でもそれなら、クラスの親しい女子なんかに頼めばいいんじゃないの?

はきはきと元気に愛想を振り撒く灰羽くんは、見るからに人当たりがいい。友達だって男女限らず多そうだ。だからこそ…わざわざ学年が違う上に、特別親しくもない女子の元にやって来る意味が解らない。



「みょうじさん早く!」

「え、あっ…」



ぼうっと考え込んでしまっていたのが悪かった。その隙を突いて、机に落ちていた私の手首は伸びてきた掌に掴みこまれる。
あっ、と声を出すような間もなく、色素の欠けた髪の上に、私の手はあっさりと導かれてしまっていた。



「早くしないと昼休み終わっちゃうんで」

「あ…う……う、ん」



早く早く、と急かしてくる灰羽くんに、他意…というか、深い意味があるようには見えない。
何だかもう、ここまでされてはあれこれ気にする方がおかしくもなってきて、私は観念して詰まっていた息を吐き出した。

もう、どうにでもなれ。
諦めて言われるがまま、くしゃくしゃと頭のてっぺんを撫でると、柔らかそうな色の髪は男の子のものらしく、思ったほど乱れない。
見た目より硬いんだな、という感想を抱いたのは、少しばかり現実逃避に入っていたからかもしれない。
相変わらず、教室の四方八方から感じる視線は拭えないままなのだ。状況を全く気にしないでいられるほど、私は鈍感に出来ていない。



「…これで、いい?」



撫でた、と言えるくらいの秒数は経ったはずだ。
これで一体何になったのか…よく分からないまま彼の頭から手を退けると、僅かに俯いていた首が勢いよく反り返る。
そして現れたぱあっと輝く表情に、私は思わず両手で目を塞ぎそうになった。さすがに間抜けだから、堪えたけれど。



「アザッス!」

「は……はい」

「また来ますんで! そん時もお願いします!」

「はい…いいっ?」



紅潮した頬は満足げに綻んでいて、曇りのない笑顔には太陽の光がよく似合う。
やたらと周囲から注目を浴びたことよりも、想像以上に喜んでいる灰羽くんに私の意識は一瞬にして持っていかれてしまった。何も考えずに頷いてしまった時に、はっと目を覚ましてももう遅い。
言いたいことだけ言い残し、じゃあまた今度、と手を振りながら教室を出ていく彼に、私が後から声を掛けられるはずもなく。



「や…夜久くん…」

「本当あれ、馬鹿で……ごめんな」

「いや…あの……うん」



馬鹿って。確かにちょっと、足りてないような気は犇々と感じているのだけれど。
そうじゃなくて。



「な……何がしたかったのかな…」



怒濤の勢いで過ぎた時間が、頭のネジを何本か浚っていってしまったような気がする。
まだどこかぼんやりしたままで訊ねかけると、一部始終に塩っぱそうな顔をしていた友人は小さく唸った。



「何っていうと…あー…」



懐きたかったんじゃないか?






破綻した思惑の成功例




まさか、自惚れさせるなと、反論する力も出てこない。
私よりも彼と親しい人間が口にした言葉は、何だかとても疑いにくいもので。

当面向き合うべき問題は、彼の言い出した一例について。
撫でられる方だけでなく、撫でる方にも結構な威力を発揮するんじゃないだろうか。そんな、どうだっていいはずのことを、じわりと熱を発する頬を冷やしながら考えさせられた。

次に彼が訪れた時には、私は自分から手を伸ばしてみるのだろうか。



 *

茶丞さんのお誕生日祝いに…遅れに遅れてリエーフです!
驚きのあざとさを発揮する灰羽リエーフというリクエストに…あざといって何だっけなぁと頭を抱えながらこんなものしか書けませんでした…。リエーフ難しいよ…。
頑張ってしたためはしましたので、よければお納めください…!(・ω・)

20150120. 


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