(影山くんは、笑わないんだなぁ)



ぼんやりとした感想を抱いた、中学三年時。受験期真っ只中の同輩達は進路問題で頭を抱え、愚痴り合ってはストレスを発散させていた頃のことだ。
誰もが緊張や不安を抱える中、クラスメイトの一人であったその男の子はいつも真顔で誰とも積極的には関わらず、孤立しているように見えた。

彼は騒がしいタイプではなく、かと言っていじめられていたというわけでもない。単に扱いが難しかったというか…悪気なく天然なところがあったので、それも要因して周囲から腫れ物のように扱われていたようだ。
大きな行事があった時なんかも、ほぼ無関心でいたみたいだし。本人も、自分の置かれている環境に対して然程興味がなかったのだろう。

教室にいる時は、つまらなそうにしているのが常だった。時折真剣な顔で何かを考えているのも見かけたけれど、成績は振るわないようだったから、勉強に関することではなかったのだろう。
神経を注いでいたことの正体は、考えるまでもなく浮かんでくる。きっと、部活に関することを気にしていたのだ。
放課後だけは彼の魂が目覚めきっているのを、何度か目にすることがあったから。間違いないと思う。

とりあえず、彼は周りの人や環境に鈍感な天然で、わりと本能的に生きているのかもしれないな…という感想を抱いた私は、それでも少しだけ、彼のことが気になっていた。

影山くんは、笑わない。
執着しているらしい部活の時間も、愛着しているようには見えなかった。
傷付いた顔をしていたわけではないけれど。本人はいつだって、平然と一人で背筋を伸ばしていたけれど。
なんだか、それがとても、気掛かりだったのだ。









季節は巡り、高校初めての春。
期待と少しの不安を抱いてくぐった教室の扉の先、見覚えのある姿を見つけて本当に驚かされた。
特別親しくしていたわけでもなかったから、志望校なんて知るはずもない。図らずも彼と同じ高校に進学し、更なる偶然でクラスまで被ってしまうとは。

私の席と影山くんの席は離れていたし、わざわざ挨拶に行くのも勇気がいったので、声を掛けることはしなかった。
どうせクラスメイトなら、何かしらで会話をすることはあるだろう。そう考えてのことだったが、あまり人と関わらない彼と話す機会は中々訪れないもので。

そうこうしている内に流れた一ヶ月。その期間で、段々と影山くんの表情は増えていった。
笑顔は未だに見られていないけれど、眉間にしわを寄せていたり、奥歯を噛み締めているようだったり…あと、他クラスの部活仲間と一緒にいるのを見掛けるようにもなった。たまに怒鳴り付けてもいたけれど、悪い雰囲気で喧嘩をしているわけでもなさそうだった。

笑っていなくても、前よりずっと楽しそうだ。
少しだけほっとしてしまったのは、それだけ気にしていたからなのか。
もう大丈夫なんだろうな…と思い始めた頃に漸く話をする機会が訪れても、彼の邪魔になりそうなのが申し訳なく感じたほどだ。



「ごめんね…早く部活行きたいよね」

「…あ? ああ、まぁ」



ムッと唇を僅かに尖らせて、見るからにそわそわと落ち着かない様子で私の隣を歩いているのは、運悪く教師から用事を預けられてしまった彼だ。
本当なら私が運ぶはずだった資料とノートの山が少し多すぎた所為で、近くを通り掛かった影山くんまで手伝いを申し付けられてしまったのだ。

貴重な放課後の時間なのに…私が非力に見られる女子であったばっかりに、巻き込んでしまった。
私の謝罪に振り向いた彼は、一瞬目を丸くしたかと思うと、すぐにまた渋いものを食べた後のように眉を寄せる。



「一応、連絡は入れたし」

「あ、先輩に?」

「いや。部活仲間に、今日は勝負は無しだって知らせたんで」

「勝負…?」



今日は、ということは毎日行われている勝負事があるのか。
首を捻る私に対し、影山くんはこくりと頷く。



「部活、先に着いた方が勝ちで」



彼と仲間との間の勝負に水を差してしまったのかと少し落ち込みかけたところで、明かされたその内容。
軽く、頭を殴られた気がした。

先に着いた方が勝ち…って。
影山くんは誰かと毎日、そんな勝負に明け暮れているのか。
あんなに誰にも興味ありません、という顔をしていた影山くんが。そんな子供らしい小競り合いに、本気になっているのかと、思うと…



「?」

「あ、えっと、ごめんね! 笑ったりして…」



思い浮かべてつい、ぶふっ、と込み上げた笑いを吹き出してしまった。
そして、訝しげに見下ろしてくる彼に慌てて謝る。悪気はないのだ。本当に、少しも。



「…何がおかしかったんだ?」

「え…えっと、楽しそうで何よりだなーと」



軽く、ジト目を向けられている気がした。
滲みかけた冷や汗を誤魔化すように笑って、他意はないのだと説明する。



「なんだか中学の頃より活き活きしてる感じするなぁ、と思っただけなの」

「……」

「あ、あれ…? 私何か気に触ること言った?」



話している途中で目を見開き立ち止まった彼に、慌てて私も足を止める。
何か不快を覚えるようなことを口走ってしまったのかと、訊ねれば緩く曖昧に首を横に振られた。



「いや…」



ぱちりと瞬いたつり目は、数ヶ月前まで纏っていた殺伐とした雰囲気からは、程遠いものに見えた。



「何で中学の頃のこと知ってるんだ?」

「へ……?」



何で、って。

私まで瞠目してしまうと、影山くんは眉間にしわを寄せながら唇をへの字に曲げる。
これはどんな意味の表情だろうか、なんて、考える時間はなかった。



「俺のこと知ってたのか」

「……えっ」



がーん。
私の気持ちを擬態語で表すなら、正にそんな感じだった。
彼が何をどう考えているのかなんて、その一言で充分すぎるくらい分かってしまった。



(周囲に興味がなかったのは知ってたけど…)



そっか、私、そんなに印象薄かったのか…。
これは、確実に目に入っていなかったのだと理解して、がくりと肩から力が抜ける。



「…えーと…一応、中三の時もクラス一緒だったから」



忘れられてる…というより、覚えられていなかったのだろう。訊ねる声もふざけていなかったし、真剣だった。

まぁ影山くん、友達らしい友達の影もなかったしな…。
気持ち悪いものを見るような視線を頂かなかっただけ幸運としよう。ストーカーみたいな扱いを受けていたりしたら、さすがに私も落ち込んでいた自信がある。

私の言葉にまた目を瞠った彼は、一応思い出そうとはしてくれたのだろう。僅かな時間宙を睨みながら疑問符を飛ばしていた。
けれど、それも大して効果はなかったらしい。
ふう、と苦味混じりの溜息が吐き出されるのは早かった。



「悪い。全然覚えてない」

「だろうね…」



仕方ない。元から部活以外に興味を示さない人だったのだ。私が嫌われているとか、そういうことでもないだろう。

……ない、よね…?
ちょっと過った不安からは目を逸らす。きっと興味がなかっただけだ。嫌いなら逆に印象には残っていそうだし。



「まぁ、あの、だからね…影山くん、高校入ってからは楽しそうな顔するようになって、よかったなーって思っただけで…」

「何で」

「え?」

「何でおま…いや、えーと…」

「…みょうじなまえです」

「ああ。みょうじ? がよかったとか思うんだ?」



荷物を抱えたままの手の先が迷うように私へ向けられていたから、助け船に名前を出してみたら、どうやら求めていたもので合っていたらしい。

クラスメイトの名前も曖昧なんだね影山くん…。
なんて、生暖かい微笑みを浮かべる間も、続けられた質問によって削られてしまったけれど。



「え?…何でって……」



いつも、影山くんはつまらなそうにしていたから。寂しそうだった、というか。
そんなことは確かに、私にはあまり関係がない事情だ。笑顔を見たことがないからといって、誰も彼も気になるということもない。

じゃあ、何でだろう。
疑問に辿り着いた私が、更なる答えに辿り着く時。ぶわりと顔面まで集まった熱を目にした彼は、そのつり目をこれ以上なく見開いて。
それから、ゆっくりと首を傾げた。
ああ、そんな顔も、初めて見たよ、影山くん。






無自覚視線誘導




(いきなり顔、赤くなったけど。熱か?)
(ね、熱っ? いや、熱ではあるけどこれはちが)
(もう職員室近いし、俺ならどっちも運べるから保健室行った方がいいんじゃ)
(い、いや…そういう熱じゃないから…多分)
(熱に種類とかあんのか!?)
(うん…説明し兼ねる…!)



 *

HQをジャンル追加した時にタグのテンプレを考えてくださった美鈴さんに…遅くなりましたがお礼です!
私タグとかはあまり勉強してなくて、ちょっとかじった程度なので…デザイン考えていただけて本当にありがたかったです(*´`)
複数のキャラからせっかくなので影山を選ばせていただきました! この後友情に目覚める影山と恋情自覚した夢主の噛み合わない不器用な関係とか…あるんじゃないかな、なんて…考えると私が楽しいです…(笑)
ともあれ、美鈴さんへ感謝の気持ちです。よければお納めください!

20140817. 


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