普段からおっかない部活の先輩には、仲睦まじいと評判の彼女がいる。
しかしその睦まじさというのは一般的なイメージからは随分とかけ離れた位置にあるもので、某国の古き有名アニメのメインキャラクターである猫と鼠のような仲の良さというか、何というか。

昼休みに入って購買に駆け込み、昼食を手に入れた帰りのことだ。
屋上に行くために三年の教室前を通り掛かったオレの耳に届いたのは、部活中によく聞くものと同じ怒声だった。



「ふざけんなてめぇ轢くぞゴルァァ!!」



廊下にまで響いてきた声に、軽くびくついてしまったのは内緒だ。この場に真ちゃんがいなくて助かった。見られていたら恥をかくところだ。

そういえばこのクラスだったっけ、と学級プレートを見上げて部活の先輩の顔を思い出す。
本気の怒鳴り声を聞いてしまえば状況が気になるもので、開いたままの扉からこっそりと中を覗き込めば比較的近い場所にその影は窺えた。



「何なんだよ! 何考えてんだよお前はぁっ!」



最初に目に入ったのは、苛立ちマックス状態らしい宮地サン。そしてその手に細い肩をがっちり掴まれて前後に激しく揺さぶられる見覚えのある女子生徒の姿だった。

また相当キレてんなー、なんて感想を抱いている余裕はなかった。
鍛えられた身体から繰り出される容赦ない揺さぶりに顔色を悪くする女子と、その光景を気にしながらも関与できずに狼狽えるクラスメイト。その二つを目にしてしまえば見なかったふりもできない。



「ちょ、ちょっ…宮地サン! 何やってんスか!」



これはまずい、止めなきゃ吐くまで止まらない。
仕方なしに教室に飛び込めば、額に青筋を浮かべた宮地サンが勢いよく振り向いた。ちょ、顔怖え!



「ああっ!? 高尾お前何でここにいんだよ」

「通り掛かったら宮地サンの声が聞こえて! ってか彼女さん苦しそうですから!」



ビビってもいられない。真っ青になって口を押さえている女子を、先輩の彼女だからこそ放っておけない。
オレの訴えに漸く彼女の状態に目を向けた宮地サンは、あ、と間抜けな声を上げてその肩を解放した。
その瞬間にふらりと揺れた彼女は、懸命に息を整えると消え入りそうなか細い声でお礼を言ってきた。



「ありがとう…助かった…」

「い、いやー…大丈夫っスか?」

「そいつの自業自得だ。気にすんじゃねぇ」

「宮地サンがやったのにその言い方って…」



さすがにそりゃねーんじゃねぇの、と思う気持ちを込めて、視線を投げる。
そんなオレの態度が気に入らなかったのか、ふん、と鼻を鳴らした宮地サンは悪びれる様子もない。

こいつが悪いんだ、と言い切る声もハッキリとしていた。



「滅多にないオフに、他の男に会いに行くとか抜かしやがったんだからな」

「え……マジすか先輩?」



まさかの浮気宣言?
それなら確かに宮地サンに非はない。というか、可哀想な人間が逆転する。

普段は部活に明け暮れて構えないからこそ、空いた日には傍にいたいという気持ちは解る。あまり素直な性格をしていない宮地サンなりに、彼女を大切にしていることも知っていた。
その言い分が本当ならあんまりだ…と見つめれば、少しだけ顔色が復活した彼女は首を横に振って強く否定してくる。



「違うから! 男は男だけどミュージシャン。ライブに行く予定が入ってるって言っただけ」

「あ、何だ。そーゆーことっスか」



よかった浮気じゃなくて。
当人でもないのに胸を撫で下ろす。何だかんだお互いを好き合っている人達だ。修羅場なんか見たくないし、巻き込まれたくもない。
後者の気持ちの方が強いのは、まぁ、仕方ないってことで。

だがしかし、ここでその当人は黙っていなかった。
安堵の息を吐いたオレの存在なんて知ったこっちゃないんだろう。彼女の言い分を宮地サン自身は納得できなかったらしく、不機嫌な表情を崩すことなく口を開いた。



「そーゆーこともどーゆーこともねぇ、浮気だ浮気。休みっつってんだから前々から予定空けとくだろ普通!」

「ちょっと、横暴過ぎでしょ! 仕方ないじゃん被っちゃったものは」

「被ったら被ったで彼氏優先させるだろ!」

「はぁっ? 何言ってんの!?」



あ、これまずいやつじゃね?

いつにも増して横暴な宮地サンの発言に、我慢も限界に達したのか彼女が声を荒げる。
その剣幕はさすが宮地サンと付き合えているだけあって、少しも引け目を感じさせなかった。
正直に言うと、二人とも怖すぎてもう間に入りたくない。
ダンッ、と床を踏み鳴らした彼女なんか、どこのヤンキーだよと思った。どっちも顔が整っている所為で迫力がありすぎる。



「じゃああんたは部活休みの私とのデートとみゆみゆの握手会、どっち選ぶのよ!?」

「何分かりきったこと訊いてんだお前…みゆみゆに決まってんだろ!!」

「そういうことよ! 私だってRio様選ぶに決まってんじゃん!!」



やべぇ怖ぇと引き気味に見守っていれば、言い争いは突っ込みどころ満載な方向へと転がった。
ちょっと待て宮地サン、自分はみゆみゆ選ぶのに怒ったのかよ! あと彼女さん、そこは怒らないのかよ!

軽い頭痛が押し上げてきて、頭を押さえる。
この人達の基準はよく解らない。オレが現実から目を逸らしたくなっている間にも、二人のやり取りは容赦なく続く。



「いい宮地? 私とみゆみゆどっちが可愛い?」

「比べられるわけねぇだろうが埋めんぞ! お前は人間、みゆみゆは天使だ」

「そうよ。宮地は人間でRio様は神。次元を同じと考えることが失礼なのよ!」



こてりと首を傾げた可愛い仕種から一変、宮地サンの回答に満足げに頷いた彼女は腰に手を当てるとハッキリと言い放つ。
その真顔には清々しいほど迷いがなかった。



「言うなれば私はその日、神に教えを乞いに行くの! この世の柵から一時解放されることで心を浄めて希望を得るの! こんな崇高な浮気があってたまるもんですか!!」



ビシィ、と突き出された人差し指で、勝敗は決まったらしい。

ぐっ、と息を詰まらせた宮地サンが次にとった行動は、自分の胸に手を当てることだった。






人は其れを茶番と呼ぶ




「悪ぃなまえ…今回はオレが間違ってた。そうだよな…天上人にまみえる機会を逃す方が愚かだよな」

「解ればいいのよ…宮地なら解ってくれるって信じてた」



一気にしおらしくなる宮地サンに、ふっと表情を緩めた彼女は深く頷くと手を重ねる。
甘くも苦くもないこの独特な仲に溶け込めず置いていかれっぱなしのオレは、もしかしたら最初からいらないキャスティングだったのかもしれない。
そのことに気付いてちょっとだけ虚しくなったりなんかしてない。泣きたい気持ちになんかなってない。茶番に巻き込まれただけとかそんなわけ、絶対にない。けども。



(触らぬ神になんとやら…)



もう二度と、間に入ったりしない。
そう、削られた昼休みを時計で確認した瞬間に、オレは堅く心に決めた。





トイレの先住民のちみさんへ、ハッピーバースデーとかいつでしたっけ…ってくらい遅れましたが愛はあります。ごめんなさい…本当にごめんなさい…!
リクネタが怒鳴る宮地とのことだったのですが…これでよかったのかと甚だ疑問です…(´・ω・`)
ともあれハピバでした! よければお納めください!

20140525. 


[*prev] [next#]
[back]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -