深山小梅は他者からの扱いに恵まれなかったわりに、正直者である。

自分自身を、物事を偽ったところで無駄だということを、常人より多くのものが見えるからこそ小梅は知っていた。その思考は一年前から関係の続いている所謂神と呼ばれる存在のお陰もあって、強く強く身に染みている。
だからこそ、幼くも矜持を保つために法螺を吹く、同年代の人間の考えることはよく解らなかった。

嘘つき、と自分を罵る子供こそ、嘘ばかり吐いているのに。



「小梅ちゃんはあくりょうにつかれてるのよ」



それは集団を組みやすい女子の中でも、特に目立つ人間が口にした言葉だった。

あくりょう、という慣れない言葉を吐き出すクラスメイトを暫し見つめながら、小梅は内心で悪霊、と変換する。
確か、悪い幽霊をそう呼ぶのだと、セイに教えられていた。

小梅は強いからそうそう憑かれはしないだろうが、念のため自分から関わりに行ってはいけないよ。

優しく、強く、窘められた小梅はその言葉にしっかりと頷いたのだ。
セイは神様で、神様の言うことは正しくて、正しいからセイの言うことはきちんと聞かなければいけない。
何より彼に呆れられたくないからこそ、褒められたいからこそ小梅は、幼心にそう刷り込んでいた。

小梅は嘘を好まない。
だから、約束を破ることだって滅多にしない。



「つかれてないよ」



だけれど、どれだけ真実を口にしたところで自分が嘘つきだと言われてしまうことは、もう解っていた。



「小梅ちゃんには見えないだけよ。あたしにはわかるもん」

「どうしてそんなこと言うの?」

「だっているんだもん。小梅ちゃんのくつもきょうかしょも、ぜんぶあくりょうがすてちゃったのよ」



周囲に味方を引き連れて、ふん、と鼻を鳴らす同学年の子供に、何を言っているのだろうと小梅は呆れた。
靴も教科書も、体操着も名札も、他にも沢山隠されたものはあったけれど、今までの被害がどこから来るものか気付かないほど鈍感ではない。
幼い頃から異端児として嫌がらせを受けることの多かった小梅は、その扱いにも慣れ始めて気に病まなくなっただけであり、一々指摘するつもりはなくとも犯人は毎度把握していた。

キィ、と一声鳴いて知らせる、小さな獣のお陰で。



「人間のもちものなんかに手を出すわけないでしょ? あれは人間のしわざだよ」



幼い外見に似合わない深い溜息を吐き出す小梅に、クラスメイト達はいい顔をしない。
新手の嫌がらせは的外れで、“本物”が見える小梅には全く無意味なものだった。



「小梅は、ウソつきはきらい」



座っていた椅子から立ち上がり、右肩に小さな重みを感じながら小梅は数名のクラスメイトを見つめた。
それから、その背後で淀んだ空気を纏う存在も。



「ねぇ、それより、何をひろってきたの?」

「はぁ?」



血に、憎しみの混じったようなどろりとした涙を流しながら、女の青白い腕は話し掛けてきたクラスメイトの首へ、回っていた。



「ゆさない、かえして、ころしてやる…って、後ろで女の人が泣いてるよ」



同じ淀んだ気配を彼女の服のポケットに感じる。それから、女の口から紡がれる声を正確に聞き取って、小梅はおよそ子供らしくない顔で目を細めた。



「ゆうれいだって元は人間だもん…たいせつなものをうばったり、自分にわるさをする人間やその周りにしかわるいことはしないよ」

「な、なにいってんの?」

「……ゆびわ? ああ、きれいなゆびわだったからつい、拾ってきちゃったのかなぁ?…みんな、かわいそう」



ころされちゃうねぇ。
でも、どろぼうと同じだから、しかたないかな?

覚えのある話だったのだろう。最初に声を掛けてきた女子が一気に青ざめ、悲鳴を上げる。
ポケットから取り出したそれは床に叩きつけられて、ちょうど小梅の足元に転がった。



「だめだよ。他人のものうばっちゃ、バチが当たるんだから」

「やだっ…こっち来ないでよ!」

「自分が近づいてきたくせに」



小梅は何も、わるいことなんてしてないのに。

呆れた調子を保ったまま、拾い上げたのは未だ煌めく光を宿す、指輪で。
逃げ出す彼女達から離れて残った、おどろおどろしい女と向き合うように立った小梅は、指輪を持たない手で右肩に乗る小さな狐を撫でた。



「元あったばしょにかえせるかなぁ」



かえしてあげないとかわいそうだよね。

果たして、怨み辛みに囚われた女性から聞き出すことはできるだろうか。殺意のこもる血走った目付きで睨み下ろして怨み言を呟く女の姿を、困った様子で小梅は見つめ返す。

本当は、放っておく方がよかったのかもしれないけれど。大事なものを奪われたままでは、悲しいに決まっている。
約束を破ることになってごめんね、と柔らかな淡い赤毛に頬を擦り寄せる小梅に、仕方ないなとでも言いたげに揺れた狐の尾が頭を叩いた。







かえしてかえして




「おでむかえだー!」

「そんなものを引き連れて来ると知ればな…お帰り小梅」

「ただいま、セイ」



小梅の肩を定位置にしていた狐は、通い慣れた石段の先に連なる鳥居に寄り掛かるようにして待っていた男が見えると、いつも通りに姿を消した。
屋敷から足を踏み出す時は、お守りだと付けられた狐が小梅の傍を離れない。分身のようなものだと教わった小梅は、小さな狐をちびセイと呼んでいる。

分身はセイ自身と繋がっているらしく、小梅が困ると助けになるし、傍にいない時にでもセイは小梅の安否を確認できる。
だからこそ、事の詳細を知る彼は小梅が背後に引き連れてきた影を眺めながら仕方なさげに苦笑した。



「祓うこともできただろうに、小梅は優しいな」

「小梅、ちゃんとしたやり方しらないし。これ、だいじなものならとられておこるの当たり前だもん。くるしい思いさせるりゆうにならないもん」

「そうだな…あまり気分は良くないが、小梅に免じて返してやろうか」



跳ねるようにして抱き付く小梅を受け止めた、男の手が煌めく指輪を取り上げる。
それだけで纏わり付いていた淀んだ影がすうっと消えていくのを目にして、子供の瞳は純粋に輝いた。



「セイすごーい! 神さまだからそれできるのっ?」

「まちまちだな。力の度合いによる。それに、凄いと判る小梅も充分凄い」



嬉しそうにはしゃぐ小梅の頭をくしゃりと撫でた男は、隠すことなく慈しみを露に微笑む。



「返してやるから、お前も帰るといい。未練がなくなるまでしがみつくのも一つの道ではある」



だが、それが幸福かは保証しないよ。

幼子を守るように抱き上げた、彼の視線の先には一人の女が涙を流していた。
暗く湿った空気を取り払った彼女は、男の手の中から消えた指輪を負うように姿を消した。



「…かえれるかなぁ」



帰れるか、還れるか。
どちらにしても、自分には知り得ないことと理解しながら呟く小梅に、二色の瞳が細まる。



「そうだな」



こつりと額をぶつけた、とても近い距離で。
かえれるといいな、と微笑むセイに、小梅はうん、と破顔した。



「あとね、この前の問はわかったよ」

「前の問というと…人に説明しようとすると現れるのに、姿は見えない“それ”は何か?」

「声! ね、当たりでしょ?」



自信満々といった様子で腕の中で胸を張る幼子に、男はふっと笑みを溢す。



「正解だ」



小梅は賢いな、と褒めてくれる言葉に、笑顔に、これ以上なく温かいもので小さな胸は満たされる。

一気に機嫌を良くした小梅は、近くにある首に齧り付いた。



「セイ、ごほーび、ごほーび」

「好きだな、小梅も」

「だってかわいいんだもん」

「…いい歳した男を…というか一応は神を捕まえて可愛いなんて口にする、お前は本当に度胸があるよ」



気味が悪いものじゃないのか、普通は。

一瞬にして形を変える耳に、ふわりと背後に現れる尾。淡い赤毛は柔らかく手触りがいいのに、そんなことを言うセイの考えが不思議で小梅は首を傾げる。
音に敏感に向きを変える獣の耳も、感情や意思のままに揺れる尾も、小梅にとっては珍しくて面白くて、素敵なものだった。



「小梅はこれ、ほしいけどなぁ」



柔らかいし、気持ちがいいし。
何より、彼の気持ち一つで動くそれらが自分の身体に触れたり包んだりすると、大事にされていることがよく解るのだ。



「さすがに切り取ってはやれないな」

「それはいたそうだからいい。セイについてるからほしいんだし」

「オレごととは、欲深い子だ」



くつくつと喉を鳴らす男が、鳥居の先へと引き返す。
首に抱き付いたままの子供の頬を尾の先が擽って、橙で時を止めた空の下に笑い声が響いた。

20131211.

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