今にして思えばその存在は、最初の最初、とても不可解な言動を紡ぎ上げていたように思う。

心ない学友に取り上げられ、隠されてしまったランドセルを探して、草木の茂る山道を押し広げるように造られた石段を登ったのは、殆ど日の沈みかけた夕刻。
不気味に響く烏の声に混じり、ざわりと風に揺れる木の葉の中に人でも、人の知る動物でもない鳴き声を聞き付けた私の足は、止まることはなかった。
必要以上に干渉しなければ、彼らが襲いかかってくるようなことはまず無い。人ほど細かな神経はしていなくとも、彼らの中には彼らなりの日常や目的があると知ったのは、それこそもっと幼い頃、物心がついてすぐの頃のことだ。

三十段そこらの階段を、夕刻、数えながら登る。恐怖心はなかった。
余裕があったわけでもなく、一つの時間稼ぎのような行為でもあった。
昼間でも薄暗い神社の境内に、沈みかける日の光は届かない。漸く階段を上りきり、夜の闇の近付くその敷地内を一度見つめながら息を整えようと俯いた。

その瞬間、閉じていた幕が一気に開かれるように空気が変わったのを覚えている。



「やあ」



遅かったじゃないか。

唐突に目の前に現れた、眩しいほどに朱く長く、連なる鳥居。元あった敷地を無視するように延々と正面に続くその先に、一つの影が佇んでいた。

夜闇を払うように蘇った夕陽が、境内を照らす。起こりえない天象に目を瞠る私の元へと、足を進めてくるその影は人の形をした、人ならざるものだった。
本や教科書の中で見たような古い装束は白く、鮮やかな赤い髪は夕焼けに照らされて彩度を高める。かんかんと、敷き詰められた石畳を踏みならす下駄の音が態とらしく響き渡る。

その場に立ち竦んで動けない私の耳に、その存在の生み出す音以外がうまく届かない。
迷いなく前に進む足取りは私から数歩分距離を開けて止まり、誘われるように見上げたその端麗な面持ちは、どうしてかゆるりと相好を崩していた。

そこで漸く、衣から覗く右手に下がっている見覚えのあるランドセルに気がついた私はあっと声を上げた。
すぐに慌てて口に両手を当てると、面白そうに目を細めて見下ろしてくる、その存在。
赤い髪と、二色の瞳を持つ男の形をして。古めかしい白の狩衣は見たことのない紋様が縫われ、所々に質の良さそうな装飾が施されていた。

なんとなく言葉を発することを躊躇われて困り切る私に、くすりと、一度だけ笑い声にもならない小さな音を立てて息を漏らしたその存在は、手に持っていたランドセルを差し出すと私の胸に押しつけて言った。



「三度目の正直だ…残るは三十二の問。今回は、終わらせよう」



赤い髪、朱い鳥居をバックに、拾われた紅いランドセルを抱き締める私に合わせるように、腰を屈めて。
その声に応えるように、静まっていた風がざわめき出した。歌うように、踊るように落ちた木の葉が舞い上がる。まるで空間が喜びに震えてでもいるかのように。

覗き込んでくる赤と橙の瞳が、ゆうるり、間抜けな顔をして固まる私を写して、細まった。



「さて、知恵比べを始めようか」



嗚呼、それより先に名を訊ねておくべきだな。

穏やかな声は、どこか浮ついた音程を響かせる。
その存在の身に纏う空気に飲み込まれた私が下げた視界、下駄の先から伸びた彼の影は、夕陽に照らされながらゆらゆらと蠢いていた。

20131130.

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