ピスタチオと塩バニラのコンボに頬を弛めながら舌鼓を打つ私の目の前、小さなテーブルを挟んで向かい合う友人は浮かない顔のまま、ブルーベリーのソルベとチョコレートのジェラートを突きつつ嘆息を吐いては首を横に振っていた。

暫くは放っておいてあげたけれど、視界の中でそんな仕種をずっと続けられるとこっちまで気が滅入ってくる。
一向に止まないそれに呆れた私は、自分の持つカップの中に一旦スプーンを刺して止めた。



「幸せ逃げるよ」

「それはやだ…っつーか、夏葉マジで元気ね」

「別に普通でしょ。美味しいもの食べてちょっとテンション上がりつつあるけど」

「うん、普通に元気だなーって…あーもー、オレしか怒ってないのも何だかだしさー!」

「こら、叫ぶな」



他の客の迷惑になるでしょ、とそのでこっぱちにチョップを食らわせると、む、と不満げな視線を送られる。
何だって言うの…とこちらからも訝しむ表情を返してやれば、すぐに逸れた視線が手元のジェラートに落ちた。



「べっつにー」



別にって顔してないんですけど。
濃厚なジェラートが溶けきってしまう前に、どうにかガタ落ちしている友人の機嫌を取り戻したい。せっかく奢ってもらったのに、奢ってくれた本人に目の前で沈み気味になられては美味しい味も美味しくなくなってしまう。

私まで溜息を吐きたくなりながらも堪えて、引き抜いたスプーンですくい上げた黄緑色を突き出せば、素直にぱくりと持っていかれた。



「うまっ」

「でしょ。ここのピスタチオは格別」



ほんの少し弛んだ隙にチョコ分けて、と頼めばこちら側にカップが傾けられる。一口分すくい上げさせてもらったチョコもハズレなく濃厚で、ビターな味が堪らない。
ほっぺが落ちそうになるとはこういうことだ、と相好を崩す私に合わせて確かに美味いと頷いていた友人は、それから数秒黙り込んだかと思うと諦めたように顔を上げた。



「嘘。気にしてなくねぇわ、やっぱ」

「ま、だろうね」

「そーゆー反応、夏葉ちゃんも意地悪ぃよなー」

「誤魔化しきれないのに誤魔化されると鬱陶しいでしょ。目に見えてんのよ?」

「仰る通りで」



敵わねーなぁ、と頬杖をついた顔付きは、僅かに和らいだようだ。
チャラい笑顔がテンプレのような男に悩ましげな表情は似合わない。それでいいのよ、と内心満足していると、じっと見つめてくるその目が細まった。



「夏葉は傷付いた顔しねぇし」

「ん?」

「心配だしイラつくし? 親友やんのも楽じゃないのよ?」



そこんとこ解ってる?、と眇められた目に、何と返そうか。

和成は、人の扱いがよく解っている人間だ。
他者にかける言葉を滅多に間違わないし、謝罪を望まない私に頭を下げることもしない。
そうやって押し殺させて申し訳ない気持ちもないではない、けれど。
自分の本心を押し殺してまで優遇されるほどの情というものは貴重で、つい甘えてしまいたくなるのが困り者だ。

本当は、さっきは傍にいなくてごめんって、言いたいんだろうにね。



「和成は相変わらず、優しいねぇ」



懐に入れると、本当にべったべたに甘やかすよね。

にやつく私に微かに苛立って、ひくつく口角が面白い。



「おっまえ、なぁ」

「そう簡単に傷付くような私じゃないし、心配しなくていいよ」

「だから逆に気になんだろー…あんなの見て何もなかったような顔できっかよ」



あーイラつく、とすくい上げたジェラートにぱくつく和成の眉は分かりやすく顰められていて、さすがにここまで不快感を表されると私もへらへら笑ってもいられない。



「あーゆーこと、言われてたわけ?」

「…まぁ、あの程度は女子辺りからかなり言われたかなー」

「帝光女子生徒は性悪ばっかかよ…」

「だから傷付く理由もないでしょ」



中身のない人間の言葉なんて、軽いもの。

女子の遣り口なんて所詮、黄瀬涼太への点数稼ぎだ。
謂れのない悪意をぶつけられたところで、行為自体は厳しくてもその実中身は空っぽで。
そんなものをぶつけられても、馬鹿らしさしか感じなかったことを覚えている。その程度の人間、付き合いなら、私から捨ててやると決めたことも。

向き合う努力をするだけの価値も、誰にも見出だせなかった。
そうして逃げをうって手に入れた環境は私にとって素晴らしく望ましいものだったし、今目の前に存在する友人とも出逢えたのだから。そのきっかけとなれば一概に否定もできない。勿論全てを肯定することもできないが。
そもそも今更過去に向けて怒りが湧くほど、捨てたものに対して情を持ち続けるような私でもなかった。



(でも)



何か、何だか、な。

頬を引き攣らせるようにして雑言を吐き捨てた、元凶の表情。
ついさっき再会したお陰で、その面影は容易に頭に浮かべられた。

そういえば、と甦る記憶に思いを馳せる。
転校する前にも、ごちゃごちゃと文句をつけられたような。
しつこく真太郎に居場所を訊ねていたらしいことも、ついでに思い出した。
あの時は話すことはもうないと思っていたし、さすがに嫌気も差していたから無視し続けたが…あちらからは何かまだ、言葉を交わさなければならないほど重要な用事でもあったのだろうか。
今日呼び止められたこともそれが理由だったのかと、改めて考えてみる。

途中までは、ぎこちなく妙な態度でも悪意は見せずに話し掛けてきたから、もう私に当たるほど子供でもなくなったのかと一縷の期待に賭けて付き合ってみたけれど。
一瞬にして裏返った面の皮は、転校前日に見た表情にとても似ていたように思う。



(変わってない、ってことよね)



結局、何がしたいのだか。
途中まで保たれていた、僅かな平穏は何だったのか。



「なぁ夏葉」

「ん?」



ぼうっと考え事に浸っていると、恐るべき速さでジェラートを片付けてしまったらしい友人がカップを握り潰しながら視線を寄越す。
私の中を見透かしているような鋭いそれに、私は首を傾げた。



「もう関わんなくていーんじゃね」



何かを意図的に打ちきろうとする言葉に、自然と溜めていた息が漏れる。

そうしたい気も、しているんだけどね。






選定不能の賽の目だから




人生なんて本当に、一瞬で道筋を変えてしまうものだから。
私が望んでその通りになるのなら、叶えてあげたくはあるのだけれど。

だけど、少し。ほんの僅か。
喉元に何かが、引っ掛かっている。

20131026

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