「んー…機能性かデザインか…機能性だよなー…」



両手に持ったバッシュを交互に睨み、友人が悩み始めてからどれくらいの時間が経過したのだろうか。
悪意はなくとも私の休日を潰したお詫びにと誘われた約束で、結局スポーツショップのエリアで立ち止まってしまったそいつには呆れかえることしかできない。

今日一日私に付き合うんじゃなかったのかよ、と。
吐き出したい気持ちは、無邪気な横顔を見ていれば喉奥で滞ってしまうのだけれど。



「なー夏葉ー、どっちも捨てきれない場合どうすりゃいいと思う?」

「組み合わせればいいと思う」

「それができたら悩まねーって」



むむむ、と開いたでこっぱちにシワを寄せる和成は、ことバスケが関わると、周囲への気配りががた落ちする。
普段なら私の退屈を悟って機嫌を取りにくるところだが、この状態になってしまうとまず無理だろう。私の存在を辛うじて認識しているくらいのレベルだ。

私も、別にそれを責めたいとも思わない。一つのことにかけられる情熱を妨げたいわけでもなく、早々に諦めて肩を竦めるのもいつものことだ。
そうなると、この先の展開も決まってくるもの。
さすがに、興味のないものに長々と付き合うのは親しい身であれど苦痛なので、遠慮なく一抜けさせていただく。

別に、ひたすら構ってもらいたいわけじゃないし。
時間は有効活用しないとね。



「かずー、私ファッションとか書籍のエリアいるから」

「えー、あー、うん」

「くっそ適当な返事だなーもー」



いいけど。別にいいけどさ。

どこまで集中しているんだか。生返事に溜息を返しながら、これは聞いているか微妙なところだな、と結論付けた。
和成が買い物への決断を下す前に私がまた帰ってこなければ、ちょっとばかり面倒かもしれない。



(服…は時間忘れちゃうからなー…)



また次の機会にするか、再び合流してから付き合わせるかのどちらかにするか。
書籍コーナー付近にはCDショップもあったはずだし、その辺りをうろつくことにしよう。

こちらの行動を全く気にしていない友人に背を向けて、エスカレーターを目指す私は軽くそんなことを考えていた。






それからまた、数十分が経過した頃だろうか。
案の定人の台詞を聞き逃していたらしい友人から居場所を問うメールを頂いて、最初に決めた通り適当な文庫本を流し読みながら選別中だった私は、溜まった息を吐き出した。

やっぱり聞いてなかったか。



「その場、に、いて…っと」



下手に動かれると合流しにくいので、メールを返してからめぼしい本を持ってレジに向かう。
数分待ち時間が延びたところでバレないだろうし、機嫌を損ねるような奴でもない。

寧ろ暇にさせた分何か奢らせてやろうか、なんて考えながらレジを通した後軽く店員にお礼を言って、ここまでやって来た道とは別の方角を目指した。
エスカレーターではなくエレベーターを選んだのは、数階上まで昇るのに楽をしたい、という至極単純かつ自堕落な気持ちからのものだったのだが。



(選択、間違ったか)



私のいた階に着いたエレベーターに乗り込んだまではよかった。
休日なのに珍しく空いた密閉空間から、時折停まる階で人が乗り降りする。その光景をぼんやりと観察しながら上階を目指していた私の目に、鮮やかな色彩が飛び込んできた瞬間。無意識に眉を顰めてしまった。

どんな巡り合わせか、運の悪いことに私の乗るエレベーターに乗り込んできたその人間は、何気ない仕種で視線をさ迷わせる。
恐らくは、居場所を定めるために見回しただけの行為だった。よって、こちらが唐突に俯くのも不自然で。
その時点で、気付かれないよう逃れる手段はなかった。
私にできることと言えば、自然とそちらから目を逸らすことくらいのもので。



「…え…」



扉の開閉音に混じって、からからに乾いた、困惑したような小さな声が耳に届く。突き刺さるような視線も感じた。

振り返る気には、なれない。



(早く…)



早く、着け。

まだ他にも客がいる。微妙な空気に押し潰されるようなこともない。
このまま、何もなかったかのようにすれ違えればそれでいい。

わざわざ、塞がった傷を穿るほど私もマゾではない。面倒事に自分から関わりに行くほど愚かな作りもしていない。
ただ、休日を親しい友人と満喫できれば、私はそれで満足。

満足、なのにね。



(ほんっと…ついてない)



運命の女神とやらが存在するなら、私は信仰できそうにない。
運命信者の幼馴染みを改めて信じられない気分で思い出しながら、軽い圧迫感のかかる手首を見下ろした。



「……何か?」



私の手首をしっかりと握りこむ筋ばった手の甲に、苦々しいものが込み上げる。
気付かないふり、知らないふりが通用しないことを悟って、仕方なく発した声は思いの外冷たく響いた。



「ぁ…っ…あ、の…っ」



話し掛けられれば無視するわけにもいかず、見上げた先。申し分程度の変装にしか見えない帽子からはみ出した毛色は、懐かしくも目に痛い、金髪で。

形のいい唇は震えて、掠れた声を漏らした。







絶望と希望、未だ下らぬ処決裁断




「…駒居、さん…っスよね…?」



ぎり、と手首に走る痛みは、驚きからのものだろうか。
それとも。



(ああ…)



考えるだけ、時間の無駄か。

人違いですと、冗談でも口にできればよかったのだが。さすがに確信を持って拘束までされてしまえば、誤魔化すことは難しい。

とりあえず、面倒臭いことになった。



(長くかからないといいけど)



少し遅れると、友人へ連絡を入れる暇すらなさそうだ。

隠す理由もない深い溜息を吐き出しながら、そんな些細な事柄を案じる。
私の精神状態なんて、至って普段通りのものだった。

20130922

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