「練習試合? 観に行くの?」

「そ。興味ないとか言いつつ、結局気になってんだろー」



全く素直じゃねーよな、と肩を竦めて笑う友人から、私は憮然とした顔で近場に立つ幼馴染みへと視線をやる。
私の転校を機に少しばかり遠のいていた繋がりは、親しい友人と同じ高校へと進学を決めた日から再び繋がった。

元より、帝光との縁を切っても幼馴染みとの縁までは切ったつもりはなかった私だから、この運命は極めてありがたいものだ。
不器用な幼馴染みと、優しい友人。どちらとも過ごせる気の置けない楽しい日常。新しく始まった高校での生活は、転校後のそれよりも更に順風満帆と言えた。



「とにかく、オレ達は明日他校の試合を観に行く。お前は無駄に歩き回らず家にいるのだよ」

「真太郎は私の何なのさ…ってのは別にいいけど、引っ掛かる言い方ね」

「……」



帰り支度の済んだ鞄を肩に、眇めた目を向ければ幼馴染みの表情が苦味を帯びる。
一時期途切れたとは言え、長い付き合いだ。その顔色で、何かを理由に遠ざけられていることくらいは悟れた。



「部活には関わりないし。連れていけとは言わないけど、連れていきたくないんだ?」



もちろん私は、真太郎や和成を困らせる気なんてない。
興味の有無に関わらず、来るなと言われれば行かないし、来いと言われればついていっただろう。
二人が望むことなら、できる限りは沿いたいというのが私の意見で。

ただ、その裏側に明らかに何らかの思惑があるのなら、教えてほしいと思う。
それが彼らにとって面倒な性質であっても、嫌われて放り出されるようなことはないと信頼しているからこそ、突っ込んでいけた。

何か、理由があるんだよね。私を関わらせない為の何かが。

正直、私の性格や最近の人付き合いからして、敵は少なくない。それどころか元々強豪である秀徳バスケ部で、一年にしてレギュラー入りが決まった期待の生徒二人に毎日仲良く絡んでいるのだ。
憧れる女子は憧れるだろうし、私を邪魔に思う人間も至るところに蔓延っていておかしくはない。だからこそ余計に気になった。

対象が何であれ、守られるのは構わない。
ただ、気付かずに迷惑をかけるような自分にはなりたくない。守られるなら守られるで、彼らの守りが届きやすいよう振る舞うことくらいはさせてほしい。
そんな私の気持ちは結局、二人と一緒にいたいが為の我儘でもあるのだけれど。



「教えてくれない? 自分でもちゃんと気を付けるから」



私の性格をよく知る二人なら、この思考回路も理解するだろう。
にっこりと笑みを型どった顔で見つめれば、先に折れた友人の方が仕方なさげにしゃーねーか、と肩を竦めて笑った。



「仲間外れは寂しいもんなー。オレらがいじめたくはないし」

「高尾」

「いいじゃん、別に夏葉は気にしないっしょ、今更」



な、とイタズラに目配せする和成に、内容は知らなくても彼の言葉は信用できるので頷き返す。



「和成がこう言うなら大丈夫なコトなんでしょ。ね、教えて真太郎さん」

「…別にお前を気にしたわけじゃないのだよ」

「うんうん、で? 私をわざわざ遠ざける理由は?」



どうやらこちらも観念してくれたらしい。渋い顔をしながら眼鏡を押し上げた幼馴染みは、一度逸らした目を真っ直ぐにこちらに向けて、溜息と一緒に答えを吐き出した。



「練習試合をするのは誠凛と海常だ」

「…学校が悪いってわけじゃないよね?」



素行や成績に問題のある人間の集まる所謂不良校なら、ある程度名前に聞き覚えがあるはずだ。
そうでないなら、と頭を働かせる。バスケに置ける実力も確かな真太郎が気にするほどの試合。となると、それを繰り広げるプレーヤーに何かしらの問題があるのだろうか。

私に関わりのある中で。となると、はっきりと一つだけ浮かんでくる要素はあった。
自力で答えに辿り着いたのを察したのだろう真太郎は、私を見つめたまま一層ぐしゃりと眉を顰める。



「黄瀬がいるのだよ」



誠凛と、海常。この二人とつるんでいれば、強豪校の名前も耳にしている。
キセキの世代と呼ばれる彼らがスポーツ特待の推薦を受けて進学しただろうことも、少し考えれば分かることだ。つまりは。



「あの人海常進んだんだ」



海常、なら神奈川だね。

重苦しい幼馴染みの言葉に対して、返す私の声は特にこれといってぶれることはなかった。



(懐かしい名前)



今は何を思うこともなく、その名前を頭に並べられる。
黄瀬涼太、だったか。意味もなく思い出した名前は、僅かな感傷も残さずに一瞬で掻き消えた。

確かに、気にしないだろうと言った和成の判断は正しい。
気にしているのは私ではなく、誰よりも事情を見て知っている真太郎と、笑いながら立ち直りに力を貸してくれた和成の方だ。



「っ…ははっ」



なんて顔、してるんだか。

奥歯を噛み締めている幼馴染みと、目元が笑っていない友人。私よりも私の傷に敏感な彼らに、どうしようもなくなる。笑いが溢れる。

本当、もう。



(大好きだわ)



ありのまま、私を支えてくれる彼らの望みなら、やっぱり私は覆せない。
いつか私を追い詰めた面影を思い出しても、過去に帰りたいわけはない。会いたいなんて冗談でも思わないのだから、答えが聞ければそれで充分だ。



「うん、解った。大人しく家にいるよ」



課題でも何でも、やって。
だからそんな顔しないでよ。

守りたい気持ちと押さえ込む罪悪感で曇る幼馴染みの顔を、頬を摘まんで弛ませる。
ただでさえ笑うことが少ないのに、怒った顔が定着しては困るだろう。
そんな私の手を不快げに払い、それでいい、と背を向けて教室を出ていく真太郎の背中から、漂うオーラは不機嫌なものでもなかった。



「ちょっ、部活行くなら置いてくなよな!」

「和成ー」

「え、何? どーかした?」



教室から消えた幼馴染みに文句を叫び、後に続こうとした友人を引き留める。
振り向いた顔に先程までの怒りはなく、ぱちくりと瞬いた瞳に私は笑った。



「超超超変人で頑固で偏屈でツンデレで扱い難いけど、よろしくね」

「っはは、それ真ちゃんが聞いたら怒るぜ?」

「いいよ。怒りたいの我慢されるよりいい」

「…あー、それ、オレに言ってるわけ」

「そーゆーこと」



察しがよくて助かるわ。

にまりと口角を上げる私に、器用な笑みは返ってこない。
困っているような怒っているような、そんな感情を詰め込んだ苦笑は彼には珍しいものだった。

けれど私は、その意味も理由も知ってはいるから。



「ごめんね。期待してる」



勝手でも、私は繋がりを深めたい。私は二人と一緒にいたいし、二人にも信頼し合ってほしい。
まだ嫉妬や怒り、羨望から生まれるぐちゃぐちゃと汚い感情が渦巻いていても。完全にそれが消えることは、この先になくても。



(覚えられてないのは…屈辱だよね)



でも、それはこれから変えていける。

仲間であった強者にしか目を向けないあいつの、隣に並べる器量を持つ人間だと、和成を信じているから。
努力を怠らず真摯に向き合う人間を、受け入れずにいられない真太郎の優しさだって。



「まぁオレも、過去は過去、今は今ってのは頭にある。ちょーっとまだ時間かかるかもしんないけど」



だからいつかは、ぶつかるぜ。

苦さを吹っ切ってそう語る。冗談に包みながらも闘志を燃やす友人に、私は更に笑みを深めた。

うん、信じてる。






すり減らして丸くして転がりたいよ




過去は過去、今は今。正にその通り、間違いはない。
時のまま彼らは進んでいくのだから、私だって歩調を合わせるのが当然。

だから痕も忘れた古傷に、今更何を思うこともなかった。
考えて振り切るまでもなく、とうの昔に置いてきたものに今の気持ちが干渉できるわけがないのだ。

20130907

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