人生なんて、善し悪し関わらずいとも簡単にひっくり返るもの。
それは僅か十四歳にして、この身をもって思い知ったこと。
切っ掛けは、くだらない軽口。
学校内で、恐らくは女子からの人気を一番集めていたであろう一人の男子を、彼の目の前で意図せず貶してしまった。
目に見えた愛想笑いに、底を隠した適当な喋り。薄っぺらい人間関係を築くその男を性格がいいなんて、どう間違っても語れやしない。
私としては貶したつもりはなく事実を吐露しただけだった。けれど運悪くそれを耳にしてしまった張本人には侮辱以外の何物でもなかったのだろう。
歪んだ癇癪を引き起こした彼は、自らの人気を逆手にとって竹篦返しを仕掛けてきた。
黄瀬涼太。今をときめく人気モデルであり、容姿に文句の付け所はない。その上強豪と名高い帝光中学バスケ部で中途入部にも関わらずスタメンを勝ち取るほどの運動神経と学習能力。
学習能力に関しては勉強には活かされないらしいが、ここまでスペックが揃っていて頭まで良かったら何物与える気だ、と天を仰ぎたくなるところだから、寧ろ調整する為に必要な弱点だろう。
とりあえず、そんなある意味高嶺の花であるような男子を否定すれば、取り巻く女子から批難されるのは当たり前と言えば当たり前の話ではある。
別に過激な発言をしたつもりはないこちらにしてみれば、理不尽と言えば理不尽でもあったのだけれど。根本的に思考回路の異なる人間にはどれだけ言葉を尽くしても通じないもので、時間の無駄だと早々に匙を投げたのは私も同じだった。
同じ日本語でも、拒否されれば届くわけがない。
恋や正義感に酔った年頃の女子の理屈なんてすっからかんなものでも、その無知を埋めてやる義理なんて私にはない。
いっそ何もかもに面倒になって、冷めてしまった。友人として付き合ってきた女子にまでバッシングを受けて、我慢する理由が見つからなくなった。
慰めて味方になってくれた数名の男子も、女子のねちっこい嫌がらせを振り払ってくれるほど思考力も行動力もなかった。その上私はビッチ呼ばわりされるし、本当に散々だ。
頼りの幼馴染みは珍しく気遣ってくれてはいたのだけれど、これまた原因である男と同じバスケ部スタメンのチームメイトとなれば不用意に巻き込むわけにもいかず。
うまく噛み合わないなぁと、溜息を吐き出したのも記憶に新しい。
(ま、昔の話だけど)
淀みなく口を動かしながら、頬を弛める。
陰口を叩かれて私物を捨てられて公共物まで汚して暴力を振るわれて。
耐え続けても意味はないし、救われないのだと理解してしまったから。
簡単に、人生は転がる。
堕ちるも昇るも、切っ掛けは一瞬。
「…だから私は、面倒事から逃げ出す為に一思いに転校することを選んだわけ」
とてもスッキリ、簡潔かつ能率的手段でこのお話はお終い。
めでたしめでたしでしょ、と両手を打てば、椅子を跨ぐように座って私の机に頬杖をつく友人はぶふ、と軽く吹き出した。
「いっやー、潔すぎだろ」
「いい女は過去を振り返らないもんよ」
「自分で言うし!」
マジ夏葉ちゃん歪みねぇー、と今度は机に伏すようにしてけらけらと笑う目の前の男は、転入したこのクラスで随分と親しくなった友人…縁が続けば親友と呼べそうなくらいには、気が合うクラスメイトだ。
異論あるのかこのやろう、と開いたでこっぱちを人差し指でぐいぐい押してやれば、肩を震わせてやめて、と笑う。
「いやいや、オレはそーゆー、正直で潔い夏葉がいいと思うぜ」
かっこいいじゃん、と。にんまりと持ち上がる口角は人を傷つける嘘は吐かない。まだ長くない付き合いでも、親しい存在の人間性を測り間違えるほど私は鈍感ではない。
(あぁ、やっぱ)
よっぽど、楽だわ。
つまみにもならないような昔話を、気にせず笑い飛ばされるのは心地いい。
聡い男だと、釣られるように笑った。
「私も和成のそーゆーとこ、格好いいと思うよ」
それは昔々の笑い話でしかないのだから聞きたいと言われたから、話して聞かせた。話して聞かせたら、笑われた。
傷なんて既に塞がっていたから。
それでいいよと、私も笑った。
20130904
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