唐突に掛けられてくる電話や送られてくるメールにもさすがに慣れてしまった今日この頃。
自室の机で冬の課題として出されたワークに取り掛かっていた夜、習慣のように週一で鳴らされる着信音に手を伸ばせば、静かな夜に似合わない明るい声が鼓膜を揺らした。

取り止めのない話題に適度に付き合ってやれば、通話相手はそれだけで満足する。
いつものように語られる日々の報告に耳を傾けて相槌を打っていると、流れるように続いていたやり取りがふと、不自然に途切れた。

そういえば、と。



『駒居っちは…年末年始、どうするんスか? 予定とか、あったりする?』



どこか固い響きを感じ取りながら、携帯を耳に当てたまま私は首を傾げる。
そうして、手帳を開くまでもなく記憶している予定を引っ張り出した。



「年末?…っていうか、大晦日から出掛けるかな」



初詣行くわ。二人と。

うっかり口を滑らせたことに気付いたのは、また当日になってのことだった。









「だから…何故お前は毎度毎度変に気を抜くのだよ…!」

「いや面目ない。ちょ、苦しい苦しいしんたろ苦しいっ!」

「ちょっと緑間っち!? 駒居っちに何してんスか!!」



容赦なく締め上げられるマフラーの所為で、コートに庇われていない首が苦しい。
わりと本気でやめてほしくて引っ張ってくる手を叩きはじめると、慌てて伸びてきたもう一つの手が引き剥がしてくれた。



「だ、大丈夫っスか駒居っち?」

「殺意を感じた…」



固く巻き付いたマフラーを緩く戻しながら、気遣いを窺わせる声に首を横に振る。
新年早々散々だと嘆きたい気持ちはあるけれど、幼馴染みの機嫌を損ねる原因にうっかり口を滑らせたのは私なので、あまり強くも当たれない。

人込みというだけでも気分を低下させる幼馴染みの機嫌は、年明けに似合わずそれはそれは悪かった。
お前が来なければここまで苛つかなかった、と正直すぎる毒を私の背後へと放つ目付きなんて、小さい子供が見たら一瞬で泣き出しそうなレベルで冷たい。

まぁ、それも仕方ないと言えば仕方ないことなんだけども。



「つれないこと言わないでよ緑間っち。てゆーか、そっちは毎日毎日顔合わせてるんだし、一日くらい譲ってくれてもいいくらいじゃないっスか?」

「誰が譲るか。年始めからこいつに近付く気しかない煩悩の塊め」

「ぼんっ…失礼っスよそれ!」

「何だ、反論できるのか」

「オレは純粋に初詣に来てるだけっス!」

「ねぇ目立つんだけど、大男ズ」



長く続く行列の中でも飛び抜けて背が高い男子二人が言い合いをしている図なんて、興味を引かないわけもない。
しかもその片方は一応帽子やマフラーで軽く顔を隠しているものの、喋り方から特徴的なモデルだ。既に近場に並ぶお姉さん方の興味津々な視線が痛い。ついでにこの子取り合ってんの?、と言いたげな訝しげな視線が私にも突き刺さるものだから、居たたまれない。

すみませんね美形に囲まれる平凡顔で。
内心小さなトゲを吐き出しつつ、止まらない二人の腕を引っ張って一旦周囲に目を配らせる。じっとこちらに向けられていた多くの目が慌てて逸らされるのを見れば、さすがに気まずさを感じたらしい二人は素直に黙りこんだ。

まるで引率者だと嘆息すれば、片方は一応申し訳なさげに頭を下げてくる。



「ごめん…ちょっと騒ぎすぎたっス」

「本当にね」

「うっ…」

「真太郎も、あんまり人に当たらないでよ」

「……」

「全く…」



ぷい、と首を捻って顔を逸らす幼馴染みには呆れるしかない。
もう何度もあることなんだから、いい加減慣れるなり諦めるなりした方が楽だというのに。

相変わらず、変に子供っぽくて頑固なんだから。
未だ私の前では黄瀬に対して攻撃的な態度を崩さない様子に、これ以上責めたところで意味はないかと私も向き合う方向を変えた。



「黄瀬も…いい加減アポなし突撃やめなさいって」

「だってアポとったらとったで緑間っち達駒居っち引き摺って消えるし…」

「それもそうだわ…」

「ほらね! 確実に駒居っちと会うには突撃するしかないじゃないっスか」



仕方ないのだと腰に手を当てている黄瀬の言い分にも一理ある、というよりは、間違いない。
もし連絡の一つでも入れようものなら、あの手この手を駆使して全力で邪魔をするのが私の幼馴染みと親友だ。間違いなく、黄瀬一人でどうこうできるものじゃない。

頭を抱えたい気持ちになりつつ、でもそれも私の為だということは、とっくに理解しているわけで。
もう一つ、どうしようもなさに溜息を吐き出した。
もう、この溝は時間が埋めてくれるのを待つしかない。



「まーいいわ。それより、確かこないだの試合で膝故障したんじゃなかった? 大丈夫なの、こんな人込みで歩き回って」

「えっ」



先日まで行われていたウィンターカップを思い出して、安静にしていなくていいのかと訊ねれば、帽子とマフラーの間から覗く目が丸くなる。



「駒居っち、気にしてくれてたんスか…?」

「そりゃ試合観てたし」



準決勝も三位決定戦も、しっかり観戦してたし。
知人が怪我をしたとなれば、普通に気にはなる。

分かりやすく動揺した黄瀬は、どうも私を親しい関係にある存在以外には非情な人間だと思っている節がある。
失礼な話だけれど、それでも目に見えるほどぱっと顔色を変えられてしまうと、突っ込む気にもなれなかった。



「あ、あの、普通に歩く分には大丈夫っスから! それに、オレ…駒居っちと初詣行きた」

「はーい夏葉ちゃんおっまたせー! 甘酒貰ってきたぜー。寒いから中から温もんないとな!」



どんっ、と目の前に突き出された甘酒と、会話相手を押し退けるように間に入ってきた親友。
タイミングを計ったような登場に、思わず呆気にとられて固まりかけた。

私ですらそうだったのだから、遮られた方は尚更だ。割り込んできた和成の後頭部を見下ろす黄瀬の顔の引き攣りようといったら、これまたモデルのするような顔ではなかった。



「雑音防止に耳当てもしておけ」

「…どっから出したのさ」



とりあえず差し出された甘酒はありがたく受けとるとして、今度は横から聞こえた声と同時にもふ、と耳に被せられたイヤーマフの感覚に脱力する。
ラッキーアイテムでもないのに、本当にどこから出てきたのだろうか。涼しい顔で傍に立つ幼馴染みは、相変わらず妙に準備がいい。



「……あ、んたら…っ!」

「おっ大分進んでんじゃん。けどやっぱ混んでんなー、夏葉はぐれんなよ? この人込みじゃ探せても近付けないかもしんないし」

「そうだな。はぐれないよう掴まっておくのだよ。オレか高尾に」

「オレか真ちゃんにな!」

「勝手に選択肢狭めないでくんないっスか!?」

「だから、目立つんだけど…あんたら」



もう誰でもいいから少しは落ち着けよ。

新年早々騒がしい面子に、見失うにも見失えないわ、と溜息を吐く私の声は届かなかった。







相も変わらず年始め




(駒居っち、何お願いするんスか?)
(黄瀬が夏葉ちゃんに近寄りませんように)
(愛想をつかされてこっ酷くふられてしまえ)
(だから、あんたらなぁっ!…だったらオレは駒居っちと末永く縁が続きますようにって願うっス!)
(他人に言った願いって叶わないんじゃなかった?)
(…あっ)
(ぶふっ!)
(引っ掛かったな)
(あんたらぁぁぁ!!)
20140101

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