自分の中では、そろそろその重要度も欠けてくる頃合い。
祝いの言葉や学生の懐事情を考慮した軽いプレゼントを貰ったり、祝福を名目にいつもより少しだけ夕飯が豪華になったりする、そんな一日の始まりのことだ。

普段と代わり映えのない教室の扉を潜った瞬間全身にぶつかってきた衝撃に、オレは廊下に尻餅をついた。
油断しきっていた。何が起きたのかと瞬きを繰り返すオレに突撃を仕掛けてきた犯人は、タックルを仕掛けた後は同じように床に膝をついて、眩しいくらい無邪気な笑みを浮かべていた。



「ハッピーバースデー和成っ!」



そりゃまぁ、女の子の笑顔は武器というか。仲のいい親友という関係であっても、うっかり可愛いなと思うくらいには煌めく笑顔に圧倒されてしまったというか。

別段重要でもなくなっていた自分の誕生日が、一瞬で特別なものに塗り替えられたようで。
そんな単純な思考が自分でおかしくて、堪らず吹き出したのもお約束ってやつだ。

……というのが、高尾和成中学三年、十五才を迎えた誕生日の話。

ならば今年は、というと。



「あ、おはよう和成おたおめー」

「え、うん」



うん、と頷きつつも、うん?、と内心首を傾げたのが今日の朝のことだ。

あれ何か去年と随分温度差激しくね?

激しい違和感に顔には出さずに考え込む、オレにひらひらと手を振った夏葉は教室に入ってくる前に話し込んでいた真ちゃんへと向き直って、何事かの会話を続ける。
視界は広くても耳まで優れているわけじゃない。オレが来る以前に交わされていた話の内容なんて分かるわけもなくて、ただ笑顔で喋る夏葉と、それに頷き返す真ちゃんの姿をぼうっと見ていることしかできない。

そんな二人に何となく拍子抜けしたというか、虚しくなったというか。
いつもなら混ざりに行くところでも二人に突っ込む気が起きなくて、疲れて眠いような体を装って机に突っ伏した。

ガキくさいと、自分でも思ったけど。



(何だよそれ)



去年はあんなに、自分のことでもないのに喜んでたくせに。
幼馴染みとの距離が復活すればオレはお払い箱かよ、なんて。まるで人妻の我儘に振り回される間男のような考えを浮かべた自分に若干引いた。

嫉妬とか、マジでダセェんだけど。



「高尾」

「…なぁに真ちゃん」

「これをやる」



軽い自己嫌悪に陥りかけた時、頭上から降ってきた相棒様の声に渋々顔を上げると、広くなった机の上にウサギのキャラクターの髪止めがぽつんと置かれていた。
何これ、なんて訊ねるまでもない。



「今日のお前のラッキーアイテム、ウサギのキャラクターのバレッタだ」

「だと思った…! つーか…もしかしてこれプレゼント?」

「今日が終わったらあいつに譲ればいいのだよ。夏葉好みのキャラクターだからな」

「それオレじゃなくて夏葉へのプレゼントじゃねーの…」



譲るのは構わないけれど、微妙な気分にもなる。
又貸しならぬ又プレゼントとは、今日もうちのエース様はどこかズレている。



「でもま、今日限定オレへのプレゼントってことでいっか」



オレの分までラッキーアイテムを用意してくれた気持ちだけは有り難く受け取っておこう。
寸前まで燃やしていた嫉妬は、伝わるわけもないけれどしっかりと消化する。



(真ちゃんが悪いわけじゃねーしなぁ…)



もしかしたら、後からちゃんと夏葉も祝ってくれるかもしれないし。
気長に今日一日を過ごそう。そう思い直して、朝は余裕を取り戻せた。

けれど。



「…終わった」



放課後の部活終了時刻を過ぎ、汗で湿った練習着を着替えたオレはロッカーに頭をぶつけて、心の中で目一杯叫んだ。

終わっちゃったよオレの誕生日…!?

正確にはまだ終わってない。終わってはいない、けれどこの時間ともなれば終わったのと同じだ。
部活に所属していないオレの親友は意味もなく学校に居残ることもない。
つまりは、これから何らかのアクションが待っていることはあり得ない。



(何だよそれ…)



休み時間も昼休みも部活までの放課後も、何かしらあるかと期待して構えていたオレの純情を返してほしい。
あんな軽いノリで祝って終わりなんて、親友としてあるまじき態度だ。

朝に感じたショックが倍どころか、三倍四倍くらいになって落っこちてくるようで、頭が重い。
ラッキーアイテムだって持たされたのにこれじゃあ、おは朝までも呪ってやりたくなる。



(明日絶対名前呼んでやらねー)



明後日には多分もう、つれなくできなくなってるだろうけど。

子供じみた怒りを抱えて鞄を抱えたオレに、隣で荷物を纏めていたエース様が振り向いたのが見えても、今は普段通りの反応を返せる気がしなくて視線を合わせることはしなかった。



「今日はリヤカーは無しでいい」

「ははっ、何、誕生日特権? つーかオレが漕ぐって決まってねーかんな?」

「そうだな。別にオレが気にかけることでもないが、さっさと帰って祝われればいいのだよ」



帰れば、確かに祝ってくれる家族はいる。
それは勿論嬉しいし、幸せなことだともちゃんと解っている。
でも、それだけじゃ虚しさを埋められないくらい、夏葉の存在だって小さくない。
我儘だと解っていても、大事な奴から適当に扱われてへこまずにはいられない。

珍しく優しい相棒の言葉に気持ちの伴わないお礼を返して、帰路につくオレの足取りは重かった。
それは学校を出てから、周囲が親しみのある景色になるまで続いて、これはまずいと柄にもなく溜息を溢すほどで。

家に帰り着いても、いつも通りに笑える自信がない。とはいえ、帰らないわけにもいかないし。
鉛のような足を引きずって辿り着いた自宅のドアに手を掛け、どんな顔を保とうかと考えながらノブを捻って引いた。
瞬間だった。

パァン、と響いた大きな破裂音に、全身が引き攣ったのは。



「おかえり和成ー」

「おかえりお兄ちゃーん」



頭や顔に垂れ下がってくる色とりどりのリボンと、玄関に並ぶ見慣れた二人の女子。
きゃらきゃらとはしゃぐ妹と、今日一日精神的に振り回してくれた親友の姿を、呆然と見つめたままオレは固まった。

何だ、これ。



「っ……な…」

「おー、びっくりしてるびっくりしてる」

「ぶふっ、お兄ちゃん顔すごい」



こちらを指差して吹き出す妹はさておき。
咄嗟に動けないオレに付着したままのリボンを取り除く親友は、悪戯を成功させたいい笑顔で首を傾げてくる。

数秒後に一気に襲い掛かってきた脱力感にへなへなとその場にしゃがみこんだオレを笑う、二人分の高い声に次第に唇が歪んでいくのが判った。

あー、もう。



(何だよそれ…っ)



悔しい。肩透かしを食らったと思えば、この仕打ちだ。
どうしようもなく悔しい気分は拭えないのに、重苦しかった身体から一気に疲れが取り払われる、オレはやっぱり単純だった。



「何で家にいんの夏葉が…!」



ぶわりと広がった熱を素直にさらけ出すのは、抵抗がある。
膝の上に乗せた腕に伏せたオレの顔なんて、どうせバレているような気もするけど。



「高尾家から一緒にお祝いしましょーって、お誘いを受けたから乗ってみた」

「聞いてねぇよ!?」

「サプライズいえー」

「いえーって…っ夏葉ちゃん、もーさー…やめようこーゆーの…」

「嬉しいくせに?」

「嬉しいよ! 嬉しいけどね!?」



オレが一日どんな気分で過ごしたと…!

文句を言いたいのに、先が続かない。
夜にまた祝ってくれる気があったなら、一日素っ気なかったのも頷ける。

散々落として上げる作戦なんて、卑怯だと思うけれど。
それよりも、今年もちゃんと祝おうとしてくれていたことが嬉しいから、本当に。



(ずりぃ)



高校一年、十六才になる年。
にっこにっこと煌めく笑顔に、今年もオレは白旗を挙げるしかないようだ。







君の笑顔に敵わない




「てか、大丈夫なのこんな時間に家いなくて」



さすがに、今から夕飯となると帰りの時間が心配になる。
夏葉も手伝ったという食卓に向かう前、荷物を置きに自室に寄りつつ問い掛ければ、抜かりない、とピースで答えられた。



「大丈夫大丈夫、今日は真太郎が迎えに来てくれるし」

「はっ?」

「主役に送らせらんないじゃん?」



あの唐変木が、わざわざ迎えに来る?

確かに、幼馴染みに対して過保護なところがあることは承知の上だが。それでも信じがたい言葉に耳を疑うオレに、にやりと口角を上げる夏葉は相変わらず強かだった。



「和成は送ろうとするからなー、と。朝から真太郎に漏らしといたら、来てくれるって」



その気遣いを誕生日プレゼント代わりにしてあげて、と笑う夏葉は、一応貰ったプレゼントについては知らないらしい。

鞄のポケットに入れたまま、しっかりと役目を果たしてくれたのだろうウサギのバレッタは、どうせ夏葉に流れてしまう。
もしそのことを気にしていたとしたら、またあの相棒様は律儀というか不器用というかなんというか。



「恵まれてんなー…」



ホント、オレも大事にされてるもんだ。

去年の喜びに上書きされた今年は、間違いなく今までで最高の誕生日だ。
胸に広がる喜びが破裂したら、まずはそれを注いでくれた人達にお礼を言おうと、弛む顔はもう、誤魔化さなかった。



(改めて、ハッピーバースデー和成ー! 大好きだよー)

(もっと言って)

(うわすごいいい笑顔)

(誰かさんのお陰で愛に飢えてんだよ!)

20131121

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