ラッキーアイテムは水玉柄の傘、なんじゃなかったっけ?



課題のコピーをとらせてもらって、お礼にお菓子を奢ったクラスメイトと別れて数分。
コンビニを出た頃に降りだした雨は少しずつ強さを増して、開いた傘から跳ね返る水がボツボツと音を立てていた。

急ぎもせずに帰路につきながら、考えるのは先程のことだ。
正門前で盗み聞きしたやり取りは私が考えるより重く、面倒ごとを引き摺っているように胸に響いた。



(どうしようか)



私にとっては、どうだっていいこと。言ってしまえばそれまでだけれど、どうも言い争っていた三人は過剰に反応しすぎているように思う。

まぁ、それだけ二人には心配を掛けてしまったということだろうけど。
もう一人の思惑は掴めなくて、何かが喉に引っ掛かったままでいるような気持ち悪さが残っている。



(どうするのが最善か…)



のろのろと、重い足を引き摺るようにして進む他校の制服を視界の前方に入れたまま、私は嘆息した。

避けて通らなければいけない時に限って、運命の女神は悪戯を仕掛けるものだ。
幼馴染みと親友があれだけ敵意を見せた後にこれでは、意地が悪いにも程がある。そうは思うのだけれど。

雨に濡れて色が変わっていく、制服の背中は鍛えているだろうに頼りなく見えた。
もうこれが最後でいいと、悲愴な声で訴えていた先程の男を思い出すと、頭痛が込み上げるような気もする。



(ああ…もー本当)



馬鹿みたい。

馬鹿みたいだけど、このままでもいられない。そうも思ってしまったから、仕方ない。



「あのさぁ」

「っ!……え…」

「スポーツマンなら自己管理くらいしたら? すぐそこにコンビニもあるし、傘くらい買えるでしょ」



本日のラッキーアイテムらしいそれを、普段より高く持って傾ける。
唐突にできた影にびくりと震えた男は勢いよく振り向いて、これ以上ないくらいに目を見開くと立ち止まった。



「…っ……駒居…さん…何、で……」

「別に、偶然見掛けただけ」

「そ、そう…っスか……」



私から逸らされた瞳が、行き場を探してさ迷う。
ぎこちない態度は休日、ショッピングモールで再会した当初と同じ雰囲気を醸し出すものだから、結局この男の本心はどこにあるのかがまた判らなくなる。



「……こんなこと、していいんスか…?」



ぐしゃりと歪んだ顔は泣き出しそうなのに無理矢理口角を上げようとして、不格好だ。
貼り付けた綺麗な顔を取り払ったようなそれを見上げたまま、こんなことって、と問い返すと、形のいい頬骨に沿って水滴が伝い落ちた。



「オレに…会っちゃいけないんじゃないの?」



すごい剣幕で邪魔されたよ。

随分とダメージを受けたような情けない声が紡いだ台詞に、深く息を吐き出す。
全くもって、馬鹿らしいとは自分でも思う。二人の心配をふいにするなんて、悪いことをしているとも。

でも、それでも、だからこそ私はこのままではいたくないと思ってしまう。
誰よりも、彼らのために。



「私は、私を大事にしてくれる二人が、大事なの」

「…なのに、オレに近付くんスか」

「あんたが付き纏ってくるからよ。その度に迷惑をかけたりなんかしたくないから私がどうにかするの。何をしたいのかは知らないけど、あの二人相手じゃどうせ納得しないんでしょ?」

「………は、は…っ」



話を、するしかないと思った。今更でも、残る問題があるのなら。

だから仕方なく向き合おうとしたのに、また痛々しい笑い声を上げる男は目元を掌で覆う。



「やっぱり、やっぱりね…期待するだけ無駄ってゆーか…んな資格、ないんスよねぇ」



アンタは、いつだってそうだよね。

強張って震える唇が、やけに目についた。



「緑間っちだけなら、我慢できたんスよ。幼馴染みなんて割って入れるような仲じゃないし、特別大事にしてたことなんて当たり前に知ってる…アンタが好きなものなんか、何だって」

「は…何言って」

「何だって知ってたよ。好きな人間も苦手な人間も嫌いな人間も、知ってたからオレは近付かなかったのに、なのに、見てくれないくせに見抜いて暴いて、関わらないから、どうでもいいからって捨てられて……そーゆーのが、オレだってっ…痛いんスよ…!!」



力を失うように膝を折り、ずるりとしゃがみこんでしまった男の半分泣くような声に、吸い込んだ息が凍り付く。

見てくれないくせに、暴くだけ暴いてまた興味をなくして。
とるに足らないもののように扱われたら、痛い。

そう言われて初めて、踞る男があの頃あそこまで激昂した理由が解った気がした。
ああ、もしかしたら。



「解ってるんスよ…アンタが気に入る人間じゃねーし、我儘って言われれば、そりゃそうだって…いくらなんでも、あんな、仕返しの仕方は、馬鹿過ぎたって……でも、痛くて!」

「…あんた」

「ガキみたいな癇癪起こしたって、その通りっスよ…オレの性格が悪いのだって本当だよっ…だから、否定できないし、苦しいし、オレばっかりアンタを追っ掛けて、ホント馬鹿っスよ…!」



でも、その時は、仕方なかった。それしかなかった。見てもらえるためには。
好かれることなんてあり得ないから、仕方なかった。

最悪の人間になっても、興味を持たれないよりはマシだって。



「何で、こんな方法しかとれなかったんだって…今は思う」



でも、それでも終わらせたくなかったんだ。
手にとって、傍に置いてほしかった。

ぐちゃぐちゃに絡まった気持ちを、そのまま吐き出して顔を上げない男に合わせて、膝を折った。
思い出すのは一年以上前、運命が引っくり返った日のこと。

遠くから見ただけでも、受けていた印象は間違いではなかったはずだ。私は間違わなかったから、間違えた。
私の言葉一つで日常を壊すほど、傷付けられる人間がいることを知らなかったから。



「黄瀬」

「っ…な、に」

「私が謝るのもおかしいね」



傷付けていた。大事な人間には見離されなかった私よりも、苦しんでいたからここまで来たのかと。
理解して、納得する。謝罪は紡げないけれど。

数ある私の失ったものは、補うための存在が埋めてくれた。
私という穴を塞ぐものを持たない男は、未だうまく呼吸もできていないようだ。



「あ、たりまえじゃ、ないっスか…っ」



何でアンタが謝るんだ。

そう苛立たしげに呟いて頬を濡らす男を、同じ傘の中で初めて目に焼き付けた。






病は悪意なき無自覚な侵犯



きっとまた、心配を掛けてしまうけれど。
この判断は間違いじゃない、自信がある。

20131205

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