曇天の空から今にも雨が降りだしそうな放課後のこと。
部活のない日は特に用事がなければ帰路を共にしているお馴染みの二人が、靴箱を出てすぐに並んで私の行き道を塞いだ。



「夏葉、今日のお前のラッキーアイテムは幸運にも水玉柄の傘だ」

「は?」

「ごめん夏葉ちゃん、オレら急用思い出したから先に帰っといてくれる?」

「はぁ?」



あ、裏門からね。

にっこり無敵の笑顔を浮かべて口にした方向を指差す友人と、仏頂面で私の動向を見張ろうとする幼馴染みを見て、はい解りましたと素直に従える人間がいるだろうか。
眉を顰めてみても有無を言わせるつもりはなさそうで、表情を変えない強情な男共に思わず溜息が漏れた。

そうして少しばかり周囲に気を配ってみると、色めき立つ女子が足早に正門の方向へ向かっていくのに気付く。
その中から聞き覚えのある単語を拾って、吐き出した分の息を深く吸い込んだ私は頷く。



「まぁ、了解したわ」



この二人が揃って融通を利かせなくなることなんて、部活以外には滅多にない。
つまりはそれだけ二人にとって気にすべき問題が降りかかっているということだろう。
きゃあきゃあと囂しい声を遠くに聴きながら、私も随分と愛されているものだと肩を竦めた。



「寄り道はするなよ」

「事故にも気ぃつけなきゃ駄目だぜー」

「私は小学生か」



さすがに過保護も過ぎる台詞にツッコミを入れつつ、履き替えた靴を鳴らして裏門方向へと足を踏み出した。
二人はそのまま正門側から帰るらしい。



(何もそこまで徹底しなくてもいい気がするけどねー…)



私が真っ直ぐ裏門を目指すのを確認してから離れていく二人分の足音は、生徒の喧騒に紛れてすぐに聞こえなくなった。
今日は少し遠回りをして雑貨でも見て帰ろうかと思っていたのに、寄り道をするなとの念を押されてしまったのが少しつまらない。

それもこれも、あのわけの解らない人間の所為だと思うとまた少し苛つくところもある。



「…本当、何なんだか」



ちらと見えた正門前の人だかりを思い出して、自然と溜息が漏れる。
わざわざ嫌味を言いにくるほど、暇でもないだろうに。
あの男はいつも行動がちぐはぐで、理解が追い付かない部分がある。理解しようとも思っていなかったけれど。

解らないことを考えるだけ時間の無駄だ。さっさと帰って適当に予習復習を終わらせよう。
確か明日は一限から課題の答え合わせがあるし、そろそろ当てられる頃…と、そこまで思考を進めていた私の足が裏門をくぐる直前で急停止した。



(待て)



明日の課題を挟んだ数学のノート、そういえば和成に貸さなかったか。

今日の授業中に軽く転た寝してしまった友人に、昼休みまでに写す約束で授業後に渡した記憶が蘇る。
うっかり返してもらうのを忘れていた。このままだと私が勉強できない。



(自分で解けなきゃ当てられても困るし…)



和成なら自分の課題ついでに写しておいてくれそうなものだけれど。
軽く頭を押さえながら、私は踵を返すことにした。

課題は妥協すればいいだけかもしれない。家が近い真太郎に、帰ってきてから問題だけでも写させてもらうこともできる。
けれど。

もやもやと、私の中に引っ掛かったものが自己アピールをやめてくれない。
遠ざけられてもきっぱり諦められない程度には、違和感が付きまとっていたから。

引き返した道程から、正門の近くまで歩み寄る。注意されたからには、一応彼らの視界に入らない位置を考えて壁の裏側に移動して。
どうやら女子の集団は追い払ったらしく、少し静まったおかげで距離を近くとらなくても話し声は聴き取ることができた。

切羽詰まったような、つい最近耳にした声は何かを頼んだ後なのか。お願い、と響いた言葉は、友人の笑いを含んだ冷たい響きに無残にも切り捨てられた。



「いっやー…会わせるわけ、なくね? 寧ろ何で会わせると思うの?」



付き合いの短くない私でさえ思わず身体を強張らせてしまう、憤りを滲ませた愛想だけはいい、声。
きっと笑顔もとんでもなく冷たいのだろう。目に見えなくても想像がついて、ぶるりと肩が震えた。

これは、キレてる。



(間違ったか…)



引き返してきたことがバレたら、私まで叱られるフラグが立った気がする。しかも、幼馴染みだけでなくノリがよく優しいはずの友人にまで。

まずったかなぁと思うも、今更また帰る気にもなれない。
とりあえずは奴の広い視野には入らないよう、気を付けて息を潜めた。
もうこうなったら課題のことも気にしていられない。



「やっぱり…秀徳に、いるんスね」

「だったら何? だからってのこのこ会いに来れるような立場だと思ってんのかよ。だとしたら相当めでたい頭してんなぁ、黄瀬涼太クン」



オレが見た数秒間だけでも、あれだけ夏葉を侮辱してたくせに。

ここまで攻撃的な友人は見たことがなかった気がする。
私が引きそうになるほど低く重い声色に台詞に、さて相手方はどう応えるのか。気圧されてしまうのか。
表情や仕種まで見られないことに若干のもどかしさを感じていると、無理矢理喉から絞り出すような痛々しい声が返った。



「だからっ…もう、これが最後でいいからって頼んでるんじゃないスか……っ」

「信用できんな」



今度はまた、氷の塊を降り下ろすような容赦のない冷ややかな切り返しだった。



「緑間っち…」

「お前の言葉の何を信じろと言うつもりだ。欠片もあてにならん。帰れ」

「っ…オレは…信じてもらえないかもしれないけど、今度はちゃんとっ!」

「ちゃんと? お前に何ができる。味方も信頼もなくし根も葉もない噂を流され、詰られ、身体的にも傷を負っていた。お前の所為でそうなったあいつと同じ状況に立ちもせずに、会わせてくれだと? 面白くもない、最悪の冗談なのだよ」

「だったらっ!」



一際苦しげに、叫ぶ声がした。



「だったら、何であんたは庇わなかったんスか! 何であの頃オレにつっかかることもしなかった!!」

「夏葉が望まなかったからだ」



ああ、申し訳ないな、と思った。

冷たく重く、痛々しい響きを持つ幼馴染みの答えは自責に溢れている。
未だに気にしていたのかと呆れるけれど、馬鹿にもできない。その痛みは私が押し付けたようなものだ。
迷惑をかけたくなかった私の我儘を、真太郎は叶えてくれただけなのに。



「あいつは一度だって、誰かに…オレにも縋りはしなかった」



だからお前とチームメイトでも何でもなくなった今こそ、気にせず本音を吐露できる。

今の時点で乱すような和はない。真太郎なりに折り合いをつけた結果の決断は、重いだろう。
自分に向けられたものでもないのに、心臓にどすんと、錘が落ちてくるのを感じた。



「これ以上、お前が夏葉に関わることはオレが許さん」








重なる思惑は夢幻でしかないのでしょう




「あれ、駒居だ。こっちから帰ってたっけ?」

「いや、色々あって今日はこっちなの。…って、そうだ! 数学の課題プリント持ってるよね? ちょっと近場のコンビニでコピらせてくんない?」

「あ? まぁいいけど。なくしたん?」



こっそりと正門を離れてくぐりそこねていた裏門へ向かう途中、運よく通り掛かったクラスメイトに声をかけられた。

普段から和成と騒いでいるからか、クラス内では他の男子ともそれなりに話す仲だ。
お願い、と手を合わせると軽く承諾してくれたクラスメイトは軽く首を傾けてくる。



「や、挟んでたノートを和成に貸しっぱにしちゃって」

「あーなるほど。駒居あいつと仲いいよな本当。緑間とかも取っ付きにくい感じなのに」

「まぁねぇ」



仲、良すぎるくらいかもしれないけどね。
内心呟きながら、少し前の言い争いを振り返る。

私が自覚するよりずっと大切にされていることを知って、あのまま割り込んでいけるはずもなく。結局最後まで見守れずに退散してきてしまったけれど。



「愛されてるからねー、私」



逆に、どうすればいいのか判らないくらい。

へらりと浮かべた笑顔の裏で、結局引っ掛かり続ける何かを切り捨てることもできなかった。

20131201

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