incidental | ナノ

放課後、いつものように部活に行こうと鞄を持ち上げたところで、何やら楽しそうにはしゃぎながらクラスメイトの女子達が教室を出ていくのを見かけた。

何か事件でもあったのだろうかと不思議に思いつつも歩ちゃんに別れを告げて家庭科室へ赴けば、いつもならそれなりに人数が集まっているはずの室内には、腕を組みながら不機嫌そうに黒板に寄りかかる部長が一人。
料理部に似つかわしくない背丈と整った容姿の彼は、室内に足を踏み入れた私を見ると深く深く溜息を吐いた。



「なつる…喜べ、今日は調理器具自由に使い放題だ」

「えー…っと‥何があったの…?」



苦笑しながらの私の問いかけに、昔ながらの幼馴染みでありながら料理部の部長でもある櫛木彼方くんは、苛つきを隠しもせずにその茶髪をかきあげる。



「なんでも、体育館に人気モデルが出現したんだと。来てた部員もピーキャー言いながら全員走り出てったよ」

「うわぁ…それはまた……何でモデルが体育館にいるんだろうね」

「知るか。まぁその辺りの事情は後で奴らを問い詰めればいいし、とりあえず今日は二人寂しく部活だな」



私がその他の部員と同じように教室を飛び出したりしないことを疑いもしない言い種が、少しおかしかった。
勿論、部活を捨ててまでその人気モデルとやらを見に行きたいと思うほどの興味はそそられないわけだけれど。



「青春だねー」



何かを放棄することも躊躇わないほど好きなものがあるというのも、すごいことだと思う。

いろんな人がいるなぁ、とつい頬を緩めると、軽い拳骨が頭に振ってきた。



「感心するとこじゃないだろーが」

「ふふ、だって皆楽しそうだったから」

「おーまーえーはーっ」

「あいたたたっグリグリはやめて痛いいたいっ!」



こめかみに押し付けられる間接に本気の痛みを訴えれば、ふん、と鼻を鳴らしながら満足そうに解放される。
こういうところは昔から容赦ないよなぁと不満を込めて見上げれば、悪かったとでも言うように頭をぽんぽん、と軽く叩くように撫でられた。

他の部員がいないのは寂しいものがあるけれど、彼方くんと気兼ねないやり取りができるのは少し嬉しい。
幼い頃から上の兄弟はいなかった私にとって、本物の兄のように接してくれる彼は家族と並ぶ大切な幼馴染みなのだ。

さすがに他の部員がいる前ではそんなにあからさまなやり取りはできないから、今日は少しだけモデル様々だったりして。



「さて、んじゃまぁ今日はアイツらが悔しがるようなメニューにするか」

「彼方くん悪だね」

「何を言う。お前も共犯だ」

「ええ? 私は部長に逆らえないいたいけな部員Aだよ」

「こんな時ばっかり部長扱いしなーい」

「いつも尊敬してるよ彼方くん!」

「うそつけ!」



本当のことだけど冗談めかして笑えば、冷蔵庫を探り始めていた彼から再び軽い拳骨が飛んできた。






「そういえば彼方くん、さっき言ってた奴らって誰?」

「あー? ああ、バスケ部連中。体育館使ってんのそいつらだからさ」

「へえ、仲良いんだ」

「うんにゃ、普通。オレが仲良いのは今いない」

「? ふぅん」



向かい合うように二人で大きな机を囲み、綺麗にできあがった魚介類をふんだんに使ったパエリアを口に運ぶ。
食べにくいところはあるけれど、この口の中に広がるサフランの香りと海の幸のエキスが染みでた味が堪らない。思わず二人して幸せが溢れ出る顔を見合わせた。

そんな中微かに引っ掛かっていた疑問を引っ張ってきて訊ねた私に、あっさりと答えた彼の言葉はよく解らないものだった。
深く問い詰める理由もないかと、私もすぐに意識を移す。



「うん、でも本当にパエリア美味しいねぇ」

「なー、マジ天才的だなオレら。あ、なつる携帯光ってんぞ」

「ん‥あ。颯だ」



ぴかぴかとライトを点滅させて存在を主張する携帯を開くと、ディスプレイに浮かぶのは弟の名前だった。
そういえば、二人分にしては作り過ぎたパエリアを今日の夕飯に出してもいいかと、メールを送っていたことをすっかり忘れていた。
急いでメール画面を開くと、飾り気のない文字だけがいつものように並んでいる。



「颯、何て?」

「うん、『姉ちゃんが作ったのなら何でもいい』って」

「はは、相変わらずのシスコンで」

「手のかからない弟で助かるよ」



反抗期もなければ年が近くて異性である私にも優しく接してくれる、出来た弟を思い浮かべて頬を緩ませれば、彼方くんは私とは逆に苦味を帯びた笑顔を浮かべて返す。
その顔も、今までの年月の中で何度も見てきたものだ。



「そりゃ、お前んとこは親のが手ぇかかるからな」

「そんなことないよ」

「…ま、お前がそう言うならそういうことにしとくか」



不満も一緒に飲み込むかのように、大口を開けて食べることに集中し始めた彼にはそれ以上の言葉は掛けずに、私も弟に一言だけメールを送り返すとスプーンを握り直した。






少人数の部活



本日も平和な部活日和。
20120722.

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