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高校に入学して二度目の春、桜も散り散りになり始めた始業式の日に、一番の友人とクラスが別れてしまった。
掲示されたクラス表を見て頻りに残念がる歩ちゃんに私も寂しく思いつつ、歩き慣れない廊下を二人で進んで。後から絶対に顔を出すから、と約束してくれる彼女に手を振り、足を踏み入れた新しい教室。

そこでまた、私は偶然の導きに驚かされることになる。









「まさかテツヤくんと一緒のクラスとは…」

「ボクは表で見て気付きましたけど」

「……自分達のしか見てなくて」

「ボクはなつるさんの名前もちゃんと探しましたけど」

「ご、ごめんなさい…」



薄情を責めるように、透き通った目をしてじいっと見つめられるのが、苦しい。二重の意味で身体が強張ってしまう。

始業式前の慣れ親しむ顔が少ない中でも、クラスメイト達は既に輪を作り騒ぎ合っている。
私も私で、はっきりと決まっていない席順を利用して後ろの席に着いた彼と向き合うために、綺麗に両手を膝に置きながら椅子に横向きに座っていた。

固まってしまった私がおかしかったのか、絡み付くようだった彼からの視線はすぐに解けて、弛んでしまったけれど。



「冗談ですよ」



冗談は苦手って言っていなった…?、なんて訊ねたりしたら墓穴を掘りかねないから、簡単に口を開いたりはしない。
本当に怒っていないか、確認するためにそろりと窺い見た彼の機嫌は存外よさそうで、ビクビクしてしまっていた分一気に力が抜けた。

同じクラスになれて嬉しいです、と溢す彼の相好は柔らかなものだ。無意味な嘘で他者を傷付けるような人じゃないから、その言葉も安心して信じることができる。



「私も…」



私も、テツヤくんと近くにいられるのは、嬉しいな。

同時に、胸が苦しくなったり、変な行動をとってしまわないかは心配だけれど。
それは私だけが抱える悩みだから、口にはしないでおく。
答えを聞いた彼の双眸が嬉しげに細まったから、きっと間違った発言はしていないはずだ。



「ところでなつるさん」

「うん? なに?」

「これ、後で渡そうと思ってたプレゼントなんですけど。ちょうどよかったので今渡しておきますね」

「え……」



同じ気持ちを重ねられた嬉しさに浸っていたところ、ひょい、と目の前に平べったい紙袋を差し出される。
アイボリーの包みに深緑のリボンが貼り付けられたそれに、意味が解らず軽く動揺した。



「えっ?…何で? プレゼントって、何の」

「進級と…同じクラスになれたお祝いということで」

「それっ…同クラスっていうの今託けたよね? しかも進級って祝うことでも…」

「本当のところ、託けられるような理由はないんですけど…大したものでもないですし」



唐突な贈り物への驚きに膝に置いていた手をさ迷わせてしまうのを、見逃すような彼ではなかった。
掴まえられた手首は彼の側へと引き寄せられて、掌ほどの紙袋を押し付けられる。
いつになく強引なやり口に目を白黒させている私に、平然とした顔でテツヤくんは宣った。



「チケットみたいなものです」

「はい…?」



チケット…とは、一体何の……?

わけが解らず戸惑ったままではあるけれど、一度受け取ったものを突き返すのも失礼になる。
しっかりとお礼を言ってから、満足げにしている彼の顔を確かめた。そして開けてもいいかどうかを窺った後に、貼り付けてあるテープを丁寧に剥がしにかかる。

紙を傷付けず、綺麗に剥がれたテープを巻き込んで片面に貼り付けると、袋の中から銀色が覗いた。



「……これ…」



傷を避けるように透明なビニールで包まれていたのは、開いた本の形をした銀製の栞だった。
本の中には、細かな英文字が綴られている。上品で可愛らしさもあるデザインの栞から、すぐには目を逸らすことができない。



「本の形の栞っていうのが面白くて。自分の分と一緒に色違いで買ってきたんです」

「……お揃いですか」

「お揃いです」



嬉しい。どうしよう。信じられないくらい、とても嬉しくて。目蓋がじん、と熱くなる。

栞なんて、普段贈ってもらえるようなものではない。
彼と私の間でしか通用しないようなチョイスだ。ぎゅっと心臓を絞られるような苦しさに襲われながら、そんな風に自惚れてしまう。

同じプレゼントを、テツヤくんはきっと、私以外にはしない気がする。



「だ……大事に、します…ありがとう」

「はい。でも、使ってくださいね。予約みたいなものですから」

「予約…?」



そういえば、チケットだと言っていた。
比喩であろうことは想像が付くけれど、この栞が何のチケットになるのだろうか。

予約という言葉の意味を測りかねて、のろのろと顔を上げようとしたところで、プレゼントを握り締めていた手をそっと包まれた。
正体なんて、確かめるまでもない。



「なつるさん」

「は、い…?」

「ボクは、本当に一番……いつか、大切にし合える関係になる人ができるなら、その相手は貴女がいいんです」



どくり。
大きく跳ね上がった命の塊が、壊れてしまったかと思った。
反射的に振り向いてしまった先にある、彼の頬も少しだけ、色付いて見えるのは錯覚だろうか。

私の目と耳は、おかしくなってしまったの?
大きく見開いた私の目を見返す、テツヤくんは視線を逸らさない。



「だから、いつかのための予約チケットということで」



身体の内側から、業火で炙られているような熱が込み上げて、肺を焼かれる。息ができなくなる。
勿論そんなものは錯覚だと解っているけれど。
それでも、それくらい……酷い衝撃だった。

目が眩んでしまうくらいに。



「駄目ですか」

「……わ、たし…」



私でいいの、と訊ねたら、彼はまた頷いて口にしてくれるのだろう。
疑う気持ちは僅かにも芽生えなくて、込み上げかける嗚咽を押さえ込むために唇を噛む。



「私も」



今から、唯一大切な人を作るとしたら、貴方がいい。

貴方でなければ意味がないのだと、首が落ちてしまってもおかしくないくらい何度も頷く。私の手はたった一つ、ぬくもりを掴んで離さなかった。






インシデンタル




いつかの私を抱き締めることができるなら、教えてあげたい。
幸せというものの綺麗な形なんて何処にもなくて、柵だって途切れない。けれど、思っていたより世界は狭くはないし、寛容に回っているものだと。

寂しさを埋めてくれるぬくもりなら、幾らでも転がっていたものなんだよ。
気付くのが遅くなってしまって、ごめんね。もう、大丈夫。
耳を塞いでいた小さな手を引き剥がして、顔を上げて。今この瞬間、視界に飛び込んでくる景色は私に優しく息づいているから。

幼い私が泣き止むこと、笑顔になることを待っていてくれる人がいる。
だから、疑わず、信じて。
これから先大切に抱えていけるだけの望みを、今の私は確かに、この手に得ているのだから。

20150131.

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