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示し出された結果を前に、私は固まっていた。
まさか、まさかこんなことが起こってもいいのだろうかと。許されるのだろうかと。

ざわめく周囲から一人外れて両手に握り締めた測定表をまじまじと見つめる。
いくら見つめようとその数値が変わらないことは分かりきっていても、諦めることはできずに見つめ続けていた。



(この歳で縮む…? 縮むわけないよね? でもこれ、前に測った時より確実に6ミリ縮んで…えええ?)



心の中は私にしてみると滅多にないくらいパニックで、一度思考に沈んでしまうと周りなんて全く見えなくなってしまう。
今が学年別の身体測定中であることすら、測定結果を手にしていたにも関わらず忘れてしまったりして。

だから、唐突に目の前に現れた透き通るような双眸に、本気でビクリと肩が震えてしまった。



「白雲さん?」

「ふわっ!? え? 黒子くんっ? どうしてここに…っ?」

「どうして、と言われると…測定が終わったので教室に帰ろうかと思ったところで、何だか様子がおかしいような白雲さんを見つけたので…」

「っ、あ、そう、だよね。うん。身体測定中だった…そうだよね…」

「どうかしたんですか?」



明らかに挙動不審な態度で吃りまくる私を、疑問に思わない黒子くんではなかった。
僅かに細められた瞳に、その純粋な心遣いにぐ、と息が詰まる。

心配してくれるところ有り難いけれどかなりくだらないことで悩んでいたので、正直に言うと口にするのも恥ずかしい。
けれど、彼は本気で気遣ってくれているわけで。

ざわざわと騒がしい周囲生徒達の声は遠く、まるで別空間のような一角で見つめ合った私達には誰も気づかない。
それが何だか不思議だなぁ、なんて感想を抱いたところで、真正面に立つ彼が眉を下げた。



「具合でも悪いんですか?」

「え?…え、違うよっ? ただ身長が……っあ」

「身長?」



慌てて否定する途中、つい口走ってしまった言葉に口を覆っても遅かった。
彼に余計な心配を掛けるまいと焦って墓穴を掘ってしまった私を、不思議そうに首を傾げた黒子くんがじっと見つめてくる。



「いや、えっと…その…うう」

「はい?」

「身長が……縮んで、て、悩んでいたというか…」

「……いくつですか?」

「ひゃ…156.2に…なってました…」

「………」

「な、何か言おうよ黒子くん! 黒子くんは? 何センチだったのっ?」

「168でしたけど…」

「10センチ以上の差が…! うそ…」

「そこで落ち込まれると…ボクは男で白雲さんは女子なんですから、そんなに気にしなくても」

「気にするよ…!」



同じ細身でも身長が変われば幼く見えたりするし、身長があまり無いからこそ体重の変化も特に気になる。
そんなに日常的におしゃれをする方でもないけれど、一応女に生まれたのだから、気になる部分は気になるのだ。

どちらが測定間違いでも、結局黒子くんと10センチ以上は差があるわけだし。
切ない気分で見上げた彼は、何故か口元を手で覆い隠していた。



「黒子くん…」

「…すみません」

「何で笑うの…今のどこに笑う要素があったの…?」



合わない視線を追いかけてみれば崩れていた無表情に、自然と私の方は眉を寄せてしまう。

これでも本気で悩んでいたのに。
女子の成長期はそろそろ通り過ぎる頃だから、せめて158センチ程度は欲しいという望みの薄さに切ない気持ちを飲み込んでいたというのに。

なのに私の気持ちを理解しているであろう彼は、何だか楽しそうに笑っていて。



「すみません…本当に、笑っているというか…」

「なに?」



少しばかりむっ、と唇を尖らせた私に、口元に置いていた手を伸ばしながら誤解ですよ、と彼は言った。



「白雲さんはそのままで、充分可愛いと思っただけです」



くしゃりと撫でられた頭に、一瞬何を言われたのか、されたのか理解できなくて。
脳への伝達が成された瞬間に、どきりと鳴った心臓を咄嗟に押さえて俯いた。

そんなことを言われると、このままでいいような気がするから…困るのだ。







11.8センチメートル




(こ、これで誤魔化されたりしないからね…黒子くん)
(…冗談は苦手なんですが)
20120902.

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