incidental | ナノ


思い立ったことは、早い内に行動に移してしまった方がいい。
目的の人物へ、話がしたい旨をメールで伝えれば、早めであれば放課後の僅かな時間帯は空いているとの返事が返ってきた。



『そっか……好きになっちゃったんだぁ』



わざわざ部活前の時間を割いてくれた桃井さんは、私の語る諸々の事情に耳を傾けてくれていたかと思うと、溜息を吐くようにそう溢した。



『じゃあ、白雲さんはテツくんを一番大事にするの?』

「……少し、それについては事情とか考え方が変わったんです。軽々しく扱わずにすむようにも、なって」



ゆっくりと、人に対する想いの比重を傾けて行くことができるようになった。
完全に割り切れるほどではないけれど、今からは変わっていけると思う。

テツヤくんのことも、テツヤくんを好きだと思う気持ちも、大切に。徐々に育てていくことはできるはずだ。



「話は、それだけなんだけど……桃井さんには、伝えなくちゃいけない気がして」

『そっかー』



白雲さんはやっぱり真面目だね、と電話越しに届いた笑み混じりの声は、少し曇って聞こえた。
きっと気のせいではないだろうとは思っても、指摘して暴くようなこともできない。

ショックを受けないはずがないのに、笑って受け答えをしてくれる桃井さんは、やっぱり凄い人だ。
彼女がテツヤくんに想いを寄せていると知った日、私は同じように笑えていなかった覚えがある。



『でも、まだ私もフラれてないからね! 白雲さんが相手でも負けないんだから』

「私は…やっぱり、勝負になったら勝つ自信はないんだけど…」

『また弱気!』

「桃井さんは素敵な人だし、過ごした時間も長い…テツヤくんだって、きっと好かれる人だもん」

『そんなこと……あのね、前にも言ったけど、白雲さんだって凄いよ』



似合いだなぁと、実感した時の胸の痛みを忘れられない。
桃井さんもテツヤくんも、憧れられるほど強くて素敵な人だから。そんな人達に並べるような位置まで、私が到達できるかどうか。どうしても弱気になってしまう部分がある。

けれど、そんな私の思考を否定した彼女が一度言葉を区切る。電波を越えて、息を吸う音が微かに届いた。



『あんなに分かりにくいテツくんの近くにいるんだもん。だから私は、ライバルは白雲さんしかいないと思ってるよ』



それでも負けないけど、と付け足す声は今度こそ力に満ちていて、少し呆然としてしまった私の意識を殴ってくる。

ああ、やっぱり桃井さんもいい人だ。
後からじわりと広がってくる感情は、優しいだけではなかったけれど。それでも確かに、温もりを含んだものだった。



「ライバル、か……」



なんだかそう言うと、大仰に聞こえるね。

自然と綻んだ唇からそう漏らしたところ、小さな問題じゃないからね、と即座に返される。胸を張る彼女の姿も、簡単に思い浮かべることができた。






 *



焼き上がったばかりには香ばしい香りを漂わせていたビスキュイも今は冷えて、ケーキの側面に綺麗に並べられている。それを器にして固まっているのは、苺のムースとバニラババロアの二層。その上にカットした苺をふんだんに飾れば、見目の豪華なシャルロットの出来上がりだ。

きっちり写真まで撮りながら完璧だな、と腰に手を当てて頷いた幼馴染みは、出来たばかりのシャルロットに直ぐさまナイフを入れ始める。
綺麗に等分する数は偶数、足りない分は他の皿から集めて、用意される個数は十四個。ここまで見守れば何を考えているのかは明白で、私も私で他の部員に軽く謝りながら運びやすい大皿を準備し始めた。

勿論人数分は残るように作ってあるし、今回値の張るはずだった苺は彼方くんが親戚から貰ったものだから、部員達もまたかという顔で肩を竦めるだけで特に問答は起きなかった。



「あいつらもそろそろ精つけなきゃならん頃だし、差し入れにちょうどいい」

「差し入れるのはいいだろうけど…今回は随分と甘いお菓子になっちゃったね」

「そこは気にする必要なし! 食わない奴の分まで食う奴は絶対いるしなー」



確かに、火神くんなんかは他人の数倍は食べてくれそうな人だけれど。
それでもすっきり食べられそうなものではないな…と考えていることを悟られたのか、揃えた個数を確認していた幼馴染みが軽い口ぶりで続ける。



「どうせあいつらクリスマスも試合だし。ちょっと早めに華やかなもん食ってもいいだろ」

「あ…そっか。冬の大会と被るんだ」



そうだ、そんな時期だった。
自身の家庭のことでごたごたしていた所為で、最近はテツヤくんの方の近況については話に上がる機会がなかった。すっかり頭から飛んでしまっていたけれど、彼にも向き合わなければいけない事情があるように聞いている。
夏の大会時、勝たなければいけない、という顔をしていた彼は、片手で数えられる月数を経てまた違う顔をするようになった。

今度は、きっと大丈夫。
自分のことでもないのに逸りそうになる胸を押さえ付けるために、大きく深呼吸をして顔を上げた。



「それで、2号…犬がいると思うけど、彼方くんも来るの?」

「よしなつる、お前が前を歩け。咄嗟のことがあっても対処しやすいようオレは皿を守る」

「そこは徹底するんだね…」



別にいいけど、と苦笑しながら先に向かって扉を開ける。
廊下に出た瞬間に感じた染み入るような冷たい空気に、改めて目が覚めるような気になった。









「野郎ども喜べ、天の恵みだ!」

「差し入れか!!」

「差し入れだ!!」



幼馴染みの声が体育館内に響いた瞬間、汗だくになって動き回っていたバスケ部の面々が振り向き、わっと盛り上がる。唐突な登場なのに慣れきってしまっているのか、驚いた顔をする人は一人もいない。
タイミング悪くミニゲームの最中に割り込んでしまったようで、ゲームが終わってからね、と釘を刺すリコ先輩には彼方くんの代わりに私が頭を下げる羽目になってしまったけれど。その程度のことには私も慣れているから、構わない。問題は、他にあったりして。



「いいか黒子、お前は一番小さい切れ端しか許さんからな」

「姑の嫁いびりみたいね」

「切れ端も何も、彼方くんが全部均等に分けてたくせに…」



この、特定の一人に向けてだけ砕ける様子のない幼馴染みの態度。相も変わらず睨みを利かせようとする彼方くんの視線を遮る位置に移動しながら、もう何度か経験のある申し訳ない気分に襲われた。



「…ごめんね、いつもあんな態度で。ちゃんとした大きさでテツヤくんの分もあるから……」

「いえ…大丈夫です。分かってますから」



どう接しよう、話し掛けよう、と悩んでいた時間が無駄になった気がする。
想いを自覚してから長い時間は経っていないのに、彼方くんがこうだと変な方向に脱力してしまうというか、恥ずかしさの種類も変わってしまうというか。今までは気持ちが伴っていないところを勝手に突っ走られていただけだったけれど、今の私はテツヤくんに気持ちが向いてしまっている所為で余計に聞くに堪えない。

熱を持ちかける顔を隠したくて頭を下げたまま俯いていると、くすりと、小さく笑う気配が落ちてきた。
それにつられて視線を上げれば、僅かに眉を下げた笑顔がそこにある。



「櫛木先輩もなつるさんのことが大事なんですよね」

「そこ、知ったような口利いてんじゃねーぞ」

「まぁまぁ、櫛木もあまり突っかかるなよ」



テツヤくんの反応の何が気に食わないのか、不良男子か何かのように更に口を悪くしそうな幼馴染みに、漸くそれを留めるための声が掛かった。
振り向けば、和やかな笑みを崩さない木吉先輩が彼方くんの肩をぽんぽんと叩いている。
空気を読んでいるのか天然なのかよく分からないタイミングで割って入ってきた先輩は、これもまたどっちなのか判断のつかない爆弾をあっさりと追加で投下してくれた。



「そう黒子にだけ厳しく接しなくてもいいだろ? 櫛木だって付き合ってる人がいるんだから」

「えっ…」

「ええっ!?」



爆弾と言っても、私には被害のないものだからまだ助かった。
バスケ部の面々からすればまさかの裏切りだったのか、全人数の八割くらいはぎょっと目を剥いてしまっていたけれど。



「なにそれ! 白雲ちゃんの周りには顔突っ込むくせに自分は彼女持ちかよ!!」

「いるにはいる。けど、それとこれとは別だ」

「おまっ、お前自分のことは棚に上げてうちの後輩の邪魔してんのか!」

「邪魔じゃない。大事な妹が間違いを起こしたら困るから一応の配慮だ、これは!」

「超お節介!!」



ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めてしまった面子は、本当に知らなかったらしい。はしゃぐのが好きな割りに滅多に自分のことを語らない幼馴染みだから、その点については特に私から思うところはない。
幼馴染みについては、だけれど。
今度はバスケ部の先輩方の口ぶりに感じるものがあって、軽く肩が跳ねてしまった。



「あ、あの……先輩達も、何か…勘違いしてない…?」



邪魔、とは。この流れだと、そういう意味にしか受け取れないのだけれど。
まるでテツヤくん側にも特別な感情があるような言い方に、勝手に心臓が跳ねてしまう。



「いえ…まぁ、それはいいとして。櫛木先輩、付き合ってる人がいたんですか」

「え……うん。聞いてなかった?」



いいとしていいの…?、と思う気持ちはあったのだけれど、言葉通り気にしていない様子のテツヤくんに圧されるとすぐに収束してしまう。
じっと見つめてくる瞳にドキドキしながら頷き返せば、何か考えるように数秒の間を置いて、テツヤくんは小さく息を吐き出した。



「驚きました。全く…そんな様子は窺えなかったので」

「ああ、うん…そうだよね。学校にはいないから、想像しづらいかも」



社会人なんだよね、と小声で溢すと、透き通る色の瞳が丸く瞠られる。

まぁ、驚くよね。高校生が楽に付き合えるような相手じゃないし。遊ばれていてもおかしくないような年齢差ではある。
私自身は彼らの交際が始まる前から知り合いでもあったから、そこまで驚いたり疑りを持つこともなかったけれど。話に聞くだけなら結構なインパクトはあるかもしれない。



「でもね、とっても仲良い…っていうか、彼方くんが一番世話を焼いてる人なんだよ」

「なつるさん達よりですか?」

「うん。比べ物にならないくらい、ずっとその人が一番」



彼方くんは昔からとても器用な幼馴染みで、私や颯のことを気に掛けてくれつつも、一番大切な人を蔑ろにしたりはしない。
普段は巫山戯ることもあるのにとてもいいお兄ちゃんのようで、そういうところには少し憧れる。

あんな風にできたらいいのにと、指針のように思ったこともある。
けれど、私は生まれつきそこまで器用にはできていないし、上手に真似られていたとしたら、テツヤくんとも親しくなれなかったような予感もある。
だからきっと、私には憧れるくらいでちょうどいい性質なのだ。今あるものを捨ててまで、似たような人間になりたいとも思えない。



「ちょっと羨ましくなるような関係だし…あれでも結構、総合的には自慢できる幼馴染みなんだよ」

「そうですか…」

「うん。…あ、それはそうと、テツヤくんの分も取ってこないとね」



彼方くんの交際事情が暴露された所為で、差し入れが完全に行き届いていないことに気付いて身を翻す。
冬は苺の旬には早いけれど、出荷量は多い時期だ。見た目の華やかさに劣らない味であるといいけれど…と小皿に取り分けた一ピースを持って引き返せば、待ち構えていたテツヤくんは微笑みながらお礼を言ってくれる。
けれど。



「テツヤくん…?」

「さすが…美味しそうにできてますね」



その笑顔がどことなく複雑そうなものに見えたのは、私の気の所為だろうか。






最古のガイドライン



(喜んでいいのか、対抗心を燃やすべきなのか……難しいところですよね)
(え? 何が?)
(こっちの話なので、なつるさんは気にしなくても大丈夫です)

20150109.

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