incidental | ナノ



「じゃあ、弟くんとは仲直りできたわけね」

「ご心配お掛けしました…」

「いや、私も結局何もしてないし」



私が教室に着いた後、少しだけ遅れて登校してきた友人に前日相談してからの流れを掻い摘まんで報告すると、よかったよかったと笑って喜んでくれた。



「なつるってば本気で滅入ってたから、昨日は家帰ってからもちょっと気掛かりでさー」



いつものように椅子に横向きに座ると、私の机に課題で出されていたプリントを広げる。手付かずだった問題を写していく彼女は、ペンは止めずに小さく溜息を吐いた。
課題の消化率についてはともかく、こうして口に出すくらいには本気で心配してもらえたんだろう。それはもうよく分かっていることだから、思い遣りを感じた胸がふわりと温まった。

本当に、有り難いなぁ。
まだ温もらない教室にいて、冷えた指先を擦っているのに、少しだけ寒さを忘れられるような気がする。



「あ、あと…あとね……あの…」

「うん? どした?」

「問題はね、粗方……片付いたわけじゃないけど、一応一段落…みたいになったんだけど。その、他に…」



プリントから目を離さず、軽く構えている友人を確認して、何気なく…何気なく装うつもりだったのに、うまくいかない。
変に喉が乾いてしまって舌も絡まりそうになるから、吐き出そうとする言葉はつっかえつっかえになってしまった。



「す……好きな人、できてしまった…というか…」



それでも、何とか言い切る。言い切ったその瞬間に、しっかり握られていたはずのペンが転がり落ちる音を聞いた。
同時に勢いよく顔を上げた友人から手を伸ばされ、がばりと両肩を掴まれる。あまりの迫力に仰け反ってしまう私に、目を見開いた歩ちゃんが叫んだ。
ペンは、机の下にまで落ちて転がっていった。



「おっ……おめでとう!!」

「っ!?」

「おめでとうなつるーっ! やっとそこまで…あーもう今夜は赤飯決定ねっ!」



やった!、と何故か激しい喜びと共に教室に響く祝福に、クラスメイト達から何事かという視線が集まる。
恥ずかしさと居たたまれなさが一気に込み上げて、顔に熱が集まるのが自分で分かった。



「あ、歩ちゃん声、声大きい…っ」

「あ、ごめんごめんっ、つい……いや、でもだって! めでたすぎるでしょ!」

「そ、そこまで…?」

「恋なんかじゃないって頑なに言いはってたなつるを私は見てたのよ?」

「うっ…」



そこを突っ込まれると痛い。

思わず胸を押さえて呻いてしまう。
だって、認めるわけにはいかなかったのだ。あの時はまだ、そんな事情にかまけてはいられなかった。
今よりもずっと心に余裕がなかったし、自分の気持ちが恋愛に関するものかなんて、よく解らなかった。解りたくもなかったのだと思う。けれど…



(好き…だったんだろうなぁ……)



それはもう、何時からそうだったのか判断がつかないくらいには、降り積もっていた想いはあったのだろう。
そうでなければ、指摘されたりはしないはず。私自身ああまで必死に、湧き出そうな感情に蓋をしようとはしなかったはずだ。

そう考えると確かに、自覚するまで随分時間が掛かってしまった。
やっと、と言われても仕方がないのかなぁと、むず痒い気持ちで俯く。
だとしても、恥ずかしいものは恥ずかしい。自分の顔は見えないけれど、頬に手を当て確かめてみた限り、かなり真っ赤に火照っていそうだった。



「えっと…まぁ、それでね?…いざ、気持ちを自覚すると……どうしたらいいのかな、と、思って……」

「どうしたらって…」

「ごめん…変なこと訊いてるとは解ってるの。でも本当に、今までこんな風になったことないから……どうするのが正解なのかな…って……」



こんなに舞い上がっていたら、その内彼の前で変な態度をとってしまうかもしれない。それは絶対に避けたい。
普段、他の女子達は好きな人に対してどんな風に接しているんだろう。
バレないように? それとも、伝わるように?
どちらにしろどうやって加減するのかも、私には分からない。



「なつる、立派に恋する乙女になって…」

「か、からかわないで…本当に混乱してるのっ」

「あはは、新鮮だし可愛いくていいじゃん。まぁ、正解って言われると私も分かんないんだけど……なつるはどうなりたいの?」



よよよ、と目元に手を当てて泣き真似をする歩ちゃんは、私の訴えにすぐにまた笑顔を取り戻す。
落ちてしまっていたペンを拾い、指の上でくるりと回転させると首を傾げた。



「付き合いたいの? 黒子くんに好かれたいとかデートしたいとかキスしたいとか?」

「! そっ……そんな、深く掘り下げるのは…ちょっと……まだ早い…よ……」



というか、颯といい歩ちゃんといい、何で相手がテツヤくんだと決め付けて疑わないの…。
そこは共通認識なのかと、何とも言えない気分で下唇を噛んでしまう。私が好きになるならテツヤくんだと、決まってでもいるのだろうか。

肩と一緒に跳ねてしまった心臓を、胸の上から撫で付けながら熱くなる息をそっと溢す。
好かれたい、だなんて。いや、どんな意味でも好きでいてもらえるなら嬉しいけれど。
デートだとかその先を考えられるような段階じゃない。今は、それ以前の問題で私は躓いてしまっているわけで。



「ありゃ、根本は全く変わってないわけ。今時恥ずかしがることでもないと思うけど……ほら、デートらしきことは既にやってんじゃない。夏休みも結構二人で会ってたんでしょ?」

「そんな……そんな風に思ってなかったから…」

「それはなつる、酷いわ」

「ひ、酷いの?」



呆れたように首を振られて、驚く。
じゃあ、私はテツヤくんとデートしたことがあるということになるの? でも、そんな認識は彼の方が迷惑に思う可能性もあるし…。

ぐるぐる巡る思考で目が回りそうになる。勉強している時よりも頭を酷使している気すらしてきて、このまま突っ伏してしまいたくなった。
世の恋する女の子達はすごいなぁと、遠くに飛ばした魂が呟く。こんなに大変な気持ちを抱えたまま恋に挑むなんて、なんて強いんだろう。
私も見習わないといけないのだろうか。最初から挫けそうになっているのだけれど。



「好きなら好きって言う…のは、さすがにまだ無理にしても。態度に出るくらいなら別にいいんじゃない? それなら迷惑にはならないでしょ」



両手で頭を抱える私を見兼ねたのか、少しだけ労るような優しい声を掛けてくれた友人に、ちらりと向けた自分の顔が情けないものになっている自覚はあった。



「ならないかなぁ…?」

「好かれて嫌な相手じゃないんだから。てーか、弱気でうかうかしてていいの? 黒子くんの方は勝手に他の子と付き合っちゃったりするかもよー?」

「っ……そう…だね…」

「そこはちゃんと落ち込むのね」

「それは……やっぱり、考えたら悲しくなるよ…。私、傍にいちゃいけなくなるし…」



彼氏と彼女のような関係ができてしまったら、異性の友人との縁はきっと薄くなる。テツヤくんが誰かと付き合ってしまえば、必然的に私は身を引かざるを得なくなるだろう。

彼が好きになる人との仲を、邪魔なんてできるわけがないし。
だけれど、彼の隣に親しげに並ぶ誰かの影を想像しただけで、身体の奥から心臓にかけてぞわぞわとよくない感覚が這い上がってきてしまって。

嫌だ、と思う。誰が相手であっても、ひっそりと、木陰に差す日溜まりのような笑顔を向けてほしくない。
私が見付けた彼の魅力を、誰かに譲ってしまいたくない。

欲張りだと、心の底から呆れるように思うけれど。
テツヤくんの傍に、一番、私がいたい。そう願ってしまう。



(どうしよう)



どうしたらいい。どうしたら、たった一つのその場所に居座ることができるのか。
はっきりとした答えはない。けれど、手近な脅威なら思い浮かべるのは容易かった。



「……あのね、歩ちゃん。テツヤくんのこと、好きな子がいるの。私も知ってるんだ」



私よりずっと前から、彼を好きでいる。明るくて可愛い、一見した感じでは非の打ち所がなさそうな女の子を思い出す。
悪い人じゃないと分かっている。優しい人だと知っている。
それでも、彼女が彼の隣に立っていた時、心は穏やかではいられなかった。



「は?…初っぱなからライバルいるのっ!?」

「ライバル…なのかな? その子に、私も好きになったってこと、伝えておくべきかなぁって……今考えてたんだけど」

「なつるが…宣戦布告を…」

「そ、そういうのじゃ……そう思われるのかな」

「まぁねー…でも別に思われたっていいじゃん?」



勝負に出られるほど私は秀でたところなんてないし、そもそも何をどう戦えばいいのかも分かっていないのだけれど。
ただ、同じ人に好意を寄せる彼女には、はっきりとした答えを返さなくてはいけない気がするだけで。

悪意的に受け取られる可能性に僅か怖じ気付いてしまう私に、友人はからりと笑って手を振ってみせた。



「正々堂々って感じで、それはそれでカッコイイって」






芽生え混乱、根付き覚悟




「歩ちゃんはいつも格好いいね」

「おっと? 惚れるなよ? 私が睨まれちゃうからね?」



ニヤニヤと笑いながらふざける歩ちゃんに、誰も睨まないよ、と苦笑を返しながら呼吸を深めた。

私は、まだそこまで堂々と胸を張ることはできないけれど。
気持ちからも行動からも、逃げずに向き合うことから始める。
手に入るものなのかは分からなくても、手に入れたいという願いをまず、きちんと受け止めるところから。

20150108.

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