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「なぁんか最近、嬉しそうじゃない?」



授業合間の休み時間、運良く近い席になれた中学以来の友人である小早川歩ちゃんから、唐突に放たれた言葉に私はぱちり、と瞬きを返した。



「え?」

「いつにも増してふわっふわ漂ってるじゃない、意識」

「…私そんなに危なっかしそう?」

「んー…危なっかしいっていうか、良いことあったんだろうなーって予想できる顔してる」

「顔…弛んでるかな」



まさか何もないのにへらへらと笑ってでもいたのだろうか。
だとしたら相当な変人だ。恥ずかしい。

思わず両手の指で頬をこねれば、歩ちゃんは呆れたようにやれやれ、と両手を上向けて首を振った。
彼女のオーバーリアクションは昔からのものなので気にはならないが、どうしてそんなリアクションが返ってくるのかは不思議で、私は軽く首を傾けて彼女を見つめ返す。



「そこじゃあないでしょーそこじゃあ。何かあったかって聞いてるの!」

「何か?…って、いいこと?」

「そう! 何もないはずはないわよね?」



まさかこの私に知らせないつもりか、と獲物を狙うような目付きで見つめられては、別に何もないはずだけど…などと簡単に口に出すこともできない。

それに、中学から仲良くしてくれて高校まで縁の続いている友人の、観察眼の鋭さも身をもって知っている。
彼女がそう言うからには自分が気づいていないだけで、本当に何かしら有益なことがあったんだろうな、というふうにも思えた。

それくらいには歩ちゃんとの付き合いは深く、他よりも濃いものだと自覚している。
私の感情を私より把握しているんじゃないかと思うくらい、彼女は聡く優しい人なのだ。



「うーん…いいこと、ねぇ」



何だろう。何を見落としているんだろう。

指摘されると気になってしまって、前の授業で使っていた教科書類を片付ける手が鈍る。
今日は役目を終えたそれらを仕舞うためにのそのそと鞄を開いたところで、中にあった文庫本が目に飛び込んできた。
その瞬間にぽん、と手を打ちたくなる衝動に襲われる。

そうだ、あったあった。いいこと。



「あのね歩ちゃん、いいことなんだけどね」

「! うんうん、なになに?」



思い出したことを彼女に伝えようと顔を上げると、途端きらきらと輝くような目を向けられる。
彼女の期待に応えられるかは判らないけれど、私も思い出した内容を思うとすぐにでも話して聞かせたくなって、思わず机から身を乗り出しそうになった。



「新しくできた友達が薦めてくれた本がね、すごく素敵で」

「…うん?」

「少し低年齢向けなんだけど、たまにはっとさせられるくらい描写が繊細で、出会えてよかったなって思った本が久しぶりだったから少し浮かれてるのか‥も…あれ?」

「……………」



とっても嬉しかったからそれかな、と思ったのだけれど。
気づけば机に突っ伏す歩ちゃんが見えて、私は頬を掻いた。

これはもしや、期待はずれだった…?



「いや…うん…うん、私が甘かったわ。なつるの口から胸キュン話がくるなんて期待持つもんじゃなかった」

「…えっと……ごめんね?」

「あーもういいよいいよ、なつるはそれで。可愛いから」



ひらひらと振られる手に苦笑しつつ、鞄にあった文庫本を取り出して開く。

モノトーン調で挟むだけのシンプルなタイプの栞が挟まれたページは、持ち主の心に残った部分なのかもしれない。
不器用で人を傷つける言葉ばかり吐き続けた少年が、初めて心の底から弱音を吐いて泣き崩れるシーンは、物語の佳境で私も一番印象深く感じたところだった。



「あ」

「ん? どうかしたの?」

「ううん、ちょっと」



面白いことを思い付いた、と引き出しから猫のキャラクター付箋を取り出してペンをとる。
不思議そうに顔を上げた歩ちゃんに笑いかけて、小さなそれにできるだけ丁寧に文字を綴った。



「それ、貼るの?」

「うん」



黒子くん、気づくかな?

お気に入りの本なら返ってきた時に開く気がするし、好きなページはたまに読みたくなったら必ず確かめると思うんだけど。
いつ気づくかは判らないけど、気づいたらどんな反応が返ってくるのか、少し楽しみでもある。

彼の栞に付箋を貼り付けて本を閉じると、再び興味津々な瞳に戻った歩ちゃんがじい、と私を見つめてきていた。



「ねぇ、それ、その友達に借りた本?」

「うん、そうだよ?」

「その男の子、どんな人?」

「? どんな?……難しいけど、今のところの印象は優しくて、たまにすごくいい笑顔を浮かべる人、かな」

「! やったわねなつる! 春ね!!」

「う、ん? すぐ夏になるけどね…?」

「違うっ! でもまぁいいか。とりあえず、私の楽しみも増えるわ!」

「よく解らないけど、よかったね?」



一気にテンションが跳ね上がった歩ちゃんが何を喜んでいるのかまでは解らなかったけれど、私も私で気分はよかったので笑顔で頷いておいた。





栞に付箋



『とっても素敵で、お気に入りの一冊になりました。今度私も買いにいこうと思います。薦めてくれてありがとう、黒子くん。』
20120716.

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