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勉強目的で通った図書館にて、テツヤくんと鉢合わせた帰り道。
日の沈みも遅いと言うのに、そろそろ帰ろうと思うと隣の席で本を読んでいた彼に伝えれば、いつもと変わらない表情で送ります、と言ってくれて。

ついつい甘えてしまっている現状。こんなやり取りや流れが、癖になりつつある気もする。



(迷惑だと、思うんだけどなぁ…)



心優しいというか、紳士的なテツヤくんは、ちょっとしたことにも過ぎるくらいの気遣いをくれる。
それを申し訳なく思う気持ちもあるのに、もう少し、あと少しと、どうしても別れる時間を先伸ばしにしたくなる自分もいたりして。
こんな長期休暇に顔を合わせてしまうと、学校で感じる以上に離れがたくなる。

なんだか自分がどんどん我儘になっていくようで落ち込む私の隣、ふぅ、と小さな溜息が漏れたのが聞こえた。



「テツヤくん…?」

「あ…すみません。暑いな、と思って」

「夕方とはいえ夏だからね…」



図書館の冷房も、温度調節がなされているため寒さを感じるほどの涼しさはなかった。
炙られたコンクリートから立ち上る熱気、傾いた強い日差しは容赦なく襲い掛かってくる。

私はともかく、きつい練習後の彼は体力を消耗しているはずだから、暑さ一つでもかなり厳しいのでは。
横から窺ってみる顔色は、特に悪そうには見えないけれど。



「何か飲み物でも買う?」

「ボクは大丈夫です。というか、なつるさんの方が体力面は心配ですし」

「そ、それは…そうだね…私も自信はない…です」

「はい。だから気を付けてくださいね。まだまだ暑い日は続きますよ」

「う…はい」



私が心配したはずが、また気遣われてしまった…。

緩んだ眼差しに微笑みかけられて、窘めるような口調にすら優しさを読み取って。畏縮する心臓を誤魔化すように俯く。



(息、ちょっと苦しい)



おかしいなぁ、と、呟く声は口の中で溶けて消える。

いつからか、テツヤくんの前では強がれなくなっている。
顔を合わせて、言葉を交わして、傍にいることが増えて、弱さに触れて。
こんな風に異性と親しくなったことはなかったし、今でもテツヤくん以外とはここまで仲を深められない。そんな気にもなれないでいる。

何か、違うのかな。他の人と、何が違うんだろう。
嬉しいような心許ないような、妙な気分に占領される胸の内を、何と名付ければいいのか判らない。



(大事…大切、なんだけど)



大切なもの、人。それなら少なくなく、持ち得ているはずだけれど。
そのカテゴリに入れても、彼はまだ、足りない。



「颯くんは元気ですか」

「え?…あ、うんっ。体力もあるし、男の子だからかな…そんなにバテてはいないよ」

「それならよかった。ですけど…少し気になってたんですが、櫛木先輩は颯くんと仲良くないんですか?」

「へ?」



彼方くん?

考え事の最中に話し掛けられて、テンポが遅れながらも質問に答えたところで、新たな疑問をぶつけられて目を丸くする。
どうして幼馴染みの名前が出てくるのかと、思わずまじまじと見上げてしまった先で透明感のある瞳がぱちりと瞬いた。



「合宿中に少し先輩と話してた中に、そんな雰囲気があったので。気になってたんですが…」

「あー…うん、そっか。あの二人は…仲悪いってわけでもないんだけど、良いわけでもないというか…」

「?」

「颯が一方的に、彼方くんを目の敵にしてる…のかなぁ」



別に本気で嫌っているわけではないだろう。
けれど私も、家族や幼馴染みの心まで読めるわけではないから、何が正解かなんて本当は分からない。
改めて問われたことで思い出した事情に、少しだけ苦い笑みが溢れてしまった。

最初に敵意らしきものを弟が覚えた、その理由なら私も覚えている。



「確か…自分より先に私と出会った彼方くんが気に入らない、とか…言ってた」



彼方くんとは血の繋がりがあるわけではないのに、そんなことを喚いた幼かった弟を思い浮かべる。
今も可愛い弟だけれど、あの言葉を聞いた時はもっと可愛かったように思う。

そんな思いが顔に出ていたのか、不思議そうにしていたテツヤくんの表情まで柔く弛む。



「…仲良しですよね、本当に」

「うん」



自慢の弟、だから。
大事にされて、大事にして、嬉しくないわけなんてない。



「大事な家族だから」



幼馴染みも大事ではある。けれど弟は、また特別。
感覚は少し違うけれど、隣を歩く貴方もそうだとは、言葉を選べないから口にはできなかった。






親い距離感




「ただいまー…」



家まで送ろうとしてくれたテツヤくんを、まだ明るいからと説得して駅で別れた。
帰り着いた家の扉に手をかけると鍵は開いていて、弟の方も部活から帰ってきていることを察して帰宅を知らせる為に声をかける。

いつもなら軽い返事が返ってくるところなのに、返事がないということはシャワーでも浴びているのか。
そんなことを考えながらリビングへ入ってすぐ、受話器を下ろして電話を切ったらしい、見慣れた背中が振り返った。



「姉ちゃん、お帰り」

「うん、ただいま…電話してたんだね」



肩にかけていた荷物をソファーに下ろしながら友達?、と首を傾げれば、普段の動きにくい表情筋はそのままに肩を竦められる。



「間違い電話」

「…え」

「それより、今日何作るの。時間空いて暇だし、手伝う」

「あ、うん。今日はしょうが焼きと、ポテサラは朝から作ってあるから、炒めものも作ろうかな。あと…スープは何にしようか」

「中華かコンソメの味付けがいい」

「ん、解った」



キッチンに移る私の後ろをついてくる弟の態度は変わりない。
そのことにほっと安堵の息を漏らしながら、使い慣れたエプロンを取り出した。



(今日は図書館でテツヤくんとばったり会ったの)
(楽しかったんだ?)
(うん。…颯、テツヤくんには悪い顔しないよね)
(まあ、頼れなくもなさそうだし。会話はちゃんと成り立つから)
(…彼方くんは駄目なんだね)
(頼りないから)
(あ、はは…)

20130831.

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