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「そういえば、そろそろ結果が出たんじゃないの」



珍しく家族全員が食卓を囲めている中で、その声は響いた。

弟と二人で食卓につくことの方が多い所為か、両親が揃うと変に会話が進まなくなるのはいつものこと。
妙な静けさと軽くない空気に俯き続けていたところに、掛けられた母の声。私ははっと顔を上げた。



「定期考査、今回は?」

「い…一応、総合点では学年四位」

「あら、五位内なんて久し振りじゃない。調子よかったのね」



正面から向けられる真剣な視線は、私の答えを聞くとふっと緩まった。そして満足げに頷いた母は止めていた箸を再び動かしだす。

その調子で頑張りなさい。私の子なんだからやればできるはずだもの。

きつく引かれたアイラインに、プライドの高さがよく表れていると思う。それでもほんの少し表情を弛めてくれた母に曖昧に笑って返せば、今度は隣で淡々とおかずを口に運んでいた弟が不意に声を発した。



「黒子さんと勉強した方が捗った?」

「え…ああ、そうかも…教え合った方が理解が深まるのかな」

「そう…よかったじゃん」



夏休み後の中間考査は、今までより少しだけ手応えがあった。実際結果も悪くない。
一人で机に齧り付くような勉強法では、プレッシャーに押し潰されそうになることも多かった。思いの外、人と一緒に勉強するやり方は私に合っていたらしい。



(テツヤくんも…いつもよりよかったって言ってたしなぁ)



迷惑を掛けてはいなかったか、やっぱり気になって後から訊ねてみたところ、お礼を言われた。
いつもよりいい席次でした、と笑った彼を思い出すと、あまり味の判らなかったご飯が少しだけ美味しく感じられるようになって、頬が弛む。

いつも助けてもらってばかりだから、少しでもテツヤくんの役に立てたなら喜ばしいことだ。



「黒子さん?…友達か?」



喉を潤そうとコップを手にしたところで、テーブルを挟んだ斜め前から反応してきた父に少し驚く。
食事中には滅多に口を開くことがないのに、珍しい。学業方面にもあまり口出ししてこない父から、何かを問い掛けられるということ自体が稀だ。

傾けようとしていたコップを一旦戻して、迷う前に頷いた。
何だろう。妙に、緊張する。



「うん。入学時期から親しくしてくれてる人で…」

「一緒に試験勉強をしたのか……なつる」

「はい」

「男じゃないだろうな」



ぎくりと強張る心臓は、父の探るような目付きに悪感情を垣間見た所為だ。決して罪悪感を覚えたわけではない。
悪いことをしたわけじゃないのに、畏縮したくはない。

やましいことなんて何もないし、テツヤくんだって悪い人じゃない。それどころか、私を思い遣って優しくしてくれる人だ。
だから父の疑いを晴らすのは反抗ではなくて、ただ解ってほしいことだから、口に出したって構わないはず。

その、はず。なのに。
どうして私の口は、動かないのだろう。



「だったら何か問題ある?」



コップを握ったままの指が、力を入れすぎて震えそうになった時、父の質問をバッサリと切り捨てる声は隣から発せられた。



「颯…」



再開していた食事の手を止める様子はない。ちらりと横から覗き込んだ弟の顔は、誰に視線を合わせるでもなく冷めきったもので。

ああ、またやってしまった。
そう、胸の奥で諦めたように嘆く自分を感じた。



「相手が誰でどんな人間であっても、あんたらが口を挟めたことかよ」

「…どういう意味だ」



煽るような弟の発言に、父の声から表情までもが厳しいものになる。
これ以上なく張り詰めていく空気に、正面に座る母も無言のまま眉を顰め始める。

ああ、嫌だ。このまま進んでは。
焦りだす心に急かされて、ここに来て漸く私は波立ちそうになる会話に制止の声を掛けられた。



「あ、あの、黒子くんっていう人は本当にただの友達だから。颯も、あんまりむきにならないで…」

「…姉ちゃん」



強張っていた腕に手を置いてやれば、それでいいのかと言いたげな目がこちらを見下ろしてくる。
それに、まっすぐに笑い返すことはできなかった。



(いいわけない)



いいなんて、思えるわけがないじゃない。
テツヤくんの中身を疑われたようなものだ。悲しいし悔しい。その気持ちはある。

それでも、どうしようもないことはある。
今何かを言ったところで、きっと聞き入れてもらえない。理解しようともしてもらえないだろう。
私は弱いと思われているから。解っているのだ。



「……付き合いは程々にしなさい」

「…は、い」



重々しく紡がれた言葉には、口先だけで頷いておく。とても卑怯な手だけれど、これ以外にやり方を選べない。

どうせ、私自身が今ある日常を手離しきれるはずもなくて。
誰とどんな関係であろうと、直接的に干渉されることはないのだから。



(話に出さなければいいだけ)



本当の本当は、子供のことなんてどうだっていい人達だって。
自分の知らないところで勝手に動き回ったり、面倒事を起こされたりするのが気に食わないだけだって。

解っているんだから。






味のない食事




汚れた食器を洗い流しながら、一人で立つキッチンは酷く虚しい。
ざあざあと音を立てる水と流れていく泡をぼうっと見つめながら、家族みたいですね、といつか笑ってくれた彼を思い出した。

テツヤくんが言う“家族”は、綺麗だったなぁ。

美しくて、嬉しくて、胸を打たれた。そしてやっぱり、私は最初から何かを間違えてしまったのだと、思い知らされもした。

綺麗に整った正しいものに、なりたかった。
なりそこないの残骸しか、ここにはなかった。

20140518.

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