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不思議な人と、出逢った。






「こんにちは、黒子くん。返却お願いします」

「白雲さん」



迷いも動揺も見当たらない笑顔で、その手にあった本を差し出されて驚いた。
週に一回の図書当番に着いていたボクは、真っ直ぐにこちらを見下ろす女子生徒に目を瞠る。

受け付けの仕事をサボっていたわけでは、勿論ない。
けれどここに座っていても大概の人間には気づかれない上に酷い時は目の前にいるのに探されることもある身としては、図書室内に足を踏み入れてすぐに自分の存在に気づいて声をかけてくる存在というのは、あまりにも新鮮過ぎた。



(やっぱり、馴れない)



彼女、白雲なつるさんと出逢ったのはつい最近のことだ。
部活の基礎練を終える頃にその日に返却する予定だった本の存在に気付き、図書室に向かう途中で不自然な行動をとっていた彼女にボクが声をかけたのを切っ掛けに、親しくなった。

その場限りの交流かと思っていたのに話してみれば高確率で本の趣味が合うことに気付き、ついらしくもなく長々と語り合ってしまった所為で自主練をして帰る日と変わらない時間帯に家に帰りついたのを覚えている。



「よく気づきますね」



それでも、それだけ語り合った相手でも、存在に気づかれるというのはとても稀なことだ。というか、前例はない。
共に過ごす時間の長い火神君や部活のメンバーにすらスルーされることが多いのに…と不思議に思う。

彼女はどうして気づくのだろう。
自分でもよくよく理解している厄介でいて便利でもある性質は、どうも彼女には効いていないように思える。

すれ違えば確実に目が合い、笑いかけてくれる。時には背後から声をかけられることもある。
ボクにしてみれば有り得ないそれらの状況を、彼女自身は特に疑問にも思っていないようだった。



「うん? 気づくって、黒子くんに?」

「不意を討った時くらいしか驚きませんよね、白雲さんは」

「わざと不意討ちはやめてほしいなぁ…」



渡された本の返却手続きを終えて、本棚に仕舞う予定の本の山に重ねる。
ありがとう、と言いながらボクの台詞に苦笑を浮かべる彼女は、次の本を探しに行くこともなくその場から離れることもしない。

ボクの疑問に向き合ってくれるらしい。
些細な疑問なのに簡単に流したりしない真面目さも、他では見たことがないような気がした。



「確かに最初はびっくりしたよ? でも、二度目からはちゃんと黒子くんに気づけるようになったし…」

「何ででしょう…」

「んー…わかんないけど、元々ぼーっと周りを見てるのが好きだからかも」



黒子くんってこう、普段は空気とか自然とかに溶け込んでるイメージだよね。

穏やかな笑顔で語る言葉に嫌味は感じない。寧ろ好感触な響きを聞き取って、こちらの気持ちまで緩むようだった。



「自然、ですか」

「うん。私、ほっとする感じがするものって好きだからすぐに見つけちゃうのかも…って、ごめんなさい、黒子くんが人間らしくないわけではないからっ…」

「はい、大丈夫です」

「!」



好きだと言われて、嫌な気がするはずもない。
深い意味はなくとも、彼女が自分に好感を持ってくれていることを言葉にされると嬉しかった。
彼女という人は今までに接してきたことがないタイプの人間で、少し会話を交わしただけでもその繊細さが滲み出てくるようで。

どこかふわふわと掴み所がないのに広い視野を持っていて、穏やかに揺れる波を思わせた。
自身の影の薄さが無ければ気づけなかったかもしれない、親しくなれなかったかもしれないことを思うと、自分の性質にすら感謝したくなるくらいにはボクも彼女に対して既に好感を持っていた。



「…どうかしましたか、白雲さん」



ボクのフォローに目を丸くして黙り込んだ彼女に不思議に思って首を傾げれば、ううん、と首を横に振って返される。



「黒子くんってやっぱり、いい表情するなぁって」

「…そうですか?」

「うん。初めて会った時も思ったけど、黒子くんが笑うと得した気分になるの」

「ボクは…白雲さんに見つけてもらうと得した気分になりますよ」

「本当? じゃあ、お揃いだね」



滅多に読み取られない表情を、笑顔だと受け止めて彼女も微笑む。
大輪というほど強烈ではない、道端に綺麗に咲いていた花を見つけた瞬間のような、そんな温もりが胸に広がった。






昼休みの会話



傍にいる人の心を穏やかにする、彼女はそんな不思議な人だ。
20120714.

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