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「不実だから」



いくら絶望しようと、変えられない一つの答え。
吐き出した私を呆然と見つめる桃色の瞳には、窓から差し込む光が入り込んできらきらと輝いて見えた。

ああ、こんなに、綺麗になれたらいいのに。
なれたらいいと羨んでばかりで、進歩のない自分に嫌気が差す。
今すぐに変わる気も、勇気もない。それなのに我儘に振る舞うことなんてできるわけがないのだ。

だってそんなの、酷いでしょう。
卑怯で不実で、不相応だと思うから。



「不実……?」



ぼんやりと、私の答えを繰り返す桃井さんにゆっくりと頷き返す。
深く重い胸の奥に、じくじくと痛みを感じても、自業自得だと受け入れきれた。
今までそうしてきたことを、今更違えたりしない。

だって、不実だ。
一番じゃないのに、安売りできないでしょう。
言葉ってそんなに、軽くないもの。

重過ぎたってよくないってことも、頭では理解しているけれど。



「一番大切にできるわけでもない人に、好意を押し付けるのは…狡いし、真心がないから」



私は、そう思うから。
本気に満たない好意を口にするなんて、相手を思いやれば、できるはずがないことだから。

どくどくと鼓動を速める心臓を、胸に置いた拳で圧し殺す。
自分が綺麗に笑えていないことくらい分かっていたけれど、表情まで取り繕う余裕はさすがになかった。

でも、心は。胸の内の感情に振り回されても、深い部分に埋め込んだ決意が折れることはない。そこまで私は奔放に生ききれない。
嫉妬しようが、羨もうが、一人で勝手に盛り上がっている感情は自分の中に留めて処理すべきことだ。そこにテツヤくんは関係ないし、桃井さんであれば尚更のこと。

全て、私の勝手な都合だ。
呆れるくらい、不器用で、どうしようもない私の勝手だ。
それを言葉に出して誰かを振り回すのは、酷いことだ。
酷い人間に、なりたくない。なるのが怖い。



(詭弁だなぁ)



どうせ、おかしなことを考えているのは私の方だと解っているのに。

自分が納得できる好意の形でない以上、私はそれを誰に対してでも、明かすべきじゃない。私自身にすら認められない。認めるわけにはいかない。
私はまだ、一番を変えられないから。一番は唯一で、誰よりも大切にしたい人だから。

そんな風に私はずっと、それは幼い頃からずっと、当然の真理のように、奥底に根付くほどに考え続けてきて。
今更後戻りもできなければ、考えを変えられるような柔軟さも持ち合わせていない。

だから私は、こんな自分をいつまでも好きになれない。
自分を好きになれないような人間が誰かを好きになったって、好かれた相手の方が迷惑だろう。
そんな気持ちも捨てきれなかったりもして。

マイナス要素はぽんぽんと頭の中に跳ね上がり、こうやっていつだって私を挫かせていく。
自分を攻撃することだけは巧い。弱味を容赦なく貫くやり方を知っていた。



「他に大事な存在がいるのに、だけど好きだなんて…自分が言われたとしたら困るし、信じきれない。信頼できない」



一番じゃないけどあなたが好きです、なんて。
そんな言葉を認めて吐き出してしまうのは、絶対に嫌だった。できるわけもない。

これ以上酷いことを、誰にもしたくない。
ましてや、彼相手に、なんて。とんでもないことだ。

身体のどこかにある傷がじゅくじゅくと膿んで、のうを垂れ流しているような気になる。
こんなにどうしようもない、ぐちゃぐちゃで纏まらない、優しくもなんともないものを…誰かに、彼に向けることなんてしたくない。してはいけない。

だって、大事にしたいの。
大事にしたいと思う、人なの。



「私は、テツヤくんを…大事にしたいと思うけど、まだできない。まだ一番大事には、できないから…」



ぼうっと、呆けたようにこちらから逸らされない顔に、眩しさに逸らしたくなる気持ちを堪えて向き合う。
彼女ほど真っ直ぐで綺麗な恋情を抱えきれないことが、悲しかった。悔しみもあったのかもしれない。

あなたみたいに、なれたらいいのに。
そう思っても、本気で望めば手離さなければならないものがあることに、怯えているから仕様が無い。



「白雲、さん…」



ふるり、震えた薄紅の唇が掠れた声を発した。
その声に乗せられた意味、感情を正確に受け取れるほど親しみはなく、私はここに来てやっと取り繕えそうな表情筋を動かして口角を上げた。

答えはそれだけです、と。



「今の気持ちには、嘘はないです。だから…いつかはきっと」



詰まりそうになる喉を、呼吸で抉じ開ける。
折れる部分はもう、本当は随分前から、限界まで折れていた。誤魔化しは効かない。

これはいつかの話だ、と自分にも言い聞かせる。
ここまでが、今の私が受け入れられる心境だと。
けれど、それでも。いつか今あるものを手放して、代わりに他の全てを受け入れて、自分の勝手も認められる状況に辿り着いた時には。
その時には、きっと…



「私は、テツヤくんを一番、好きになってしまうと思う。その時、彼の隣に誰もいないとは限らないけど…遅すぎて、泣くかもしれないけど」



寧ろ、その可能性の方が大きいだろう。何しろ、今の今相対している桃井さん一人をとったって、とても敵わない魅力的な人だ。
ハンデもなくスタートも遅れる私が特別な存在になれるなんて夢の話。
よくよく理解していることではある。今日改めて、強く打ちのめされたことだ。

けれど、もう、それはもう、仕方がないから。



「それでも、テツヤくんは優しい人だから…適当な好意で困らせたくも、軽々しく扱いたくもないの」



それが私の、私なりに誠実に向き合って、言葉として吐き出せる限界だった。

こんなに拘る方が馬鹿らしいし、気持ち悪いし、重苦しいことだと思う。
解っていても、今まで私に干渉してくれることの多かった彼には、軽い感情を持つことができない。

吐けるだけの本音を吐き出した私を、身動きも取らずに見上げて聞き入っていた桃井さんは、発言を噛み砕く時間を置いて数度、目蓋を震わせた。
固まっていた身体をぎこちなく崩し、体勢を整えながら吐き出された溜息は長かった。



「……選んでたのかな」

「え…?」



ふっ、と吐き出された声は思いの外軽く、無意識に遠くに追いやっていた喧騒が徐々に近くまで戻ってくる。
いつの間にか張り詰めていた空気が、急激に緩んだ。

彼女はというと、一瞬だけ深く肩を落とすとすぐにまた顔を上げる。窓から差し込む陽光に、きらきらと桃色に輝く髪を揺らして。
苦笑混じりの笑顔を浮かべた彼女は、再び私を見上げると首を振った。



「ううん、何でもない。そっか…白雲さんは真面目だね!」

「……頭が固いとは、自分でも思います…」

「ふふっ、そういうところ、ちょっとテツくんに似てる」

「え…」



いいなぁ、と。まるで羨むような声を出す、彼女が僅かに唇を尖らせる。
私の何処に羨まれるような部分があるのかと、狼狽えてしまえば、その反応にまた軽い笑い声が返された。



「ライバルなのが勿体ないなぁって思ったの」



そう言った彼女は、清々しいほど自分の気持ちに正直に生きているのかもしれない。
やっぱり、私には眩しくて、同じように輝く笑顔は作れそうになかった。



「でも、私も負けないよ!」

「…私は負けそう、かな」

「うっ…そんな弱気になられても困る!」

「だって、桃井さん、素敵な人だから」

「そんなことないよ」



私なんてライバルにも満たない存在だろうに、本気で思っているように凪いだ目を向けてくる、彼女の言葉にも胸を揺さぶられる。



「少なくとも、テツくんの気持ちに鋭いのは、白雲さんの方がきっと上だから」



羨ましいな、と笑った彼女は同性でも見惚れてしまうくらい、切ないくらいに綺麗だった。








宝物は一つだけ




酷い人間になりたくない。なって、嫌われて、見離されるのが怖いから。
今、僅かでも手の中にある好意を、絆を、取り零してしまうのが恐ろしいから。

そんな気持ちで殻に閉じ籠り、時が来るのを待つだけの私だ。
どうしたって敵うはずがないのに、彼女の口から寂しげに響いた言葉は口先だけの慰めのようには聞こえなかった。

20140316.

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