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「模擬店で、喫茶店みたいなのやりたいよねー」

「あー、いいけど調理係が大変かも」

「なら屋台とかのが無難じゃね?」



ざわざわと生徒の話し声が絶えない中、黒板に並んだクラスごとの催しの希望案を眺めていると、前の席に座る歩ちゃんが身体の向きを変えて振り返った。
季節も秋になり、そろそろ文化祭への準備シーズンに入る。今はその内容についての学級会議中で、近場の友人とならお喋りをしていてもお咎めはない。



「なつるは何に入れんの?」

「んー…どうしようかなぁ」



得意分野である調理方面なら、少しはクラスの力になれそうなものだけれど。
部の方でも幼馴染みが張り切りそうな気がするし、だったらこちらはもっと別の催し事の方がやり甲斐があるだろうか。

特に強い希望はないし、クラスの決定に沿う形でいいような気もする。
結論が出ないまま歩ちゃんは?、と質問に質問を返せば、私の机に肘をついた彼女は悩むように眉を寄せた。



「模擬店って言っても、中々規模でかくはできないしねー。コスプレ喫茶とかできたら楽しそうだけど」

「予算はわりと貰えるみたいだけど…さすがに衣装揃えるの大変だと思うよ」

「んーじゃあパーティーグッズ自費負担とか?」

「そこまでしてやりたいの…?」



コスプレはあまり詳しくはないけれど、メイドや執事に扮した店員がもてなす喫茶店の存在くらいは知っている。
ああいうのは見ている分には楽しいけれど、ちょっと向かないだろうなぁと引け腰になる私に対して、騒いだりはしゃいだりが好きらしい歩ちゃんは楽しそうじゃん、と笑った。



「いつもと違う可愛い格好で意中の彼もゲットだぜー、みたいな?」

「歩ちゃん、好きな人いたの?」

「いや、なつるがね?」

「…私そんな人、いないけど」

「えー?」



どきりと跳ねた心臓につられて、浮かび上がりそうになった何かを頭の中で掻き消す。
ポーカーフェイスを保ちたいのに目が泳ぎそうになるのを我慢していると、疑わしげに首を傾げた歩ちゃんに頬をつつかれた。



「まー、なつるがそう思ってたいなら仕方ないけど」

「思って、って…」

「端から見たら綻びまくってるから」



そろそろ降参してもいいんじゃない?

イタズラな笑みを浮かべた友人の言葉が、私の柔らかな部分を深く貫く。
何かを答えようとしてもそれは言葉にならないまま、委員長の号令に彼女が前を向くまで、何かを言い返すことはできなかった。










「そういえば…なつるさんのクラスは文化祭の希望を何にするか、決まりましたか」



声を抑えた問われた内容に、友人とのやり取りが抜けきっていなかった私の肩が跳ねた。

昼休みに訪れた図書室で、返却されたらしい何冊かの本を抱えて本棚と向き合っていたテツヤくんを見つけて近付くと、委員の仕事をこなしていた彼は全てレーベルを確認しながら元あった位置にそれらを仕舞い、私へと振り向いた。

カウンターに戻らなくていいのだろうかと視線をそちらに投げれば、少しくらいならいてもいなくても同じだから、と微かな笑みを浮かべながら宣う。
そんな、たまに出てくるちょっとしたズルさも、テツヤくんが相手だと指摘できなくて、口を噤まされてしまって。

本当は、仕事中に引き留めるなんてよくないことだ。
それなのに、少しでも話ができるなら共犯者にされても許せるかな…なんて。

私は、そんな風に考えられる人間だったろうか。



(おかしいなぁ)



おかしく、なってる。

自覚はあるけれど、どうしたらこのおかしさを取り払えるのかが、もうずっと分からないままだ。
とくとくと、普段よりも血液の流れが身体に響いて、少し息がしづらくなるのも。
困るのに、芯から嫌だと言えない。



「うん。一応ね、外で屋台だって」

「食べ物だとなつるさんは忙しそうですね」

「部の方も彼方くんが張り切るだろうしね…テツヤくんのクラスは、決まったの?」



私、ちゃんと普段通りかな。普通に話せているかな。
できればおかしくてもスルーしてもらいたいけれど、優しい彼のことだ。気付かれたら変に心配される展開が予想できて、気が気じゃない。

上擦りそうになる声を捕まえておきたくて、すがるようにスカートのプリーツを摘まむ。
硬くなる私の心情を知ってか知らずか、ぱちりと一つ瞬きをしたテツヤくんは緩く首を振った。



「いえ。ボクのクラスはまだ希望は決まってませんけど…」

「けど?」

「できれば、自由時間が多く取れればいいなとは思ってます」

「ああ…高校初めての文化祭だもんね。できればちゃんと廻りたいよね」

「まぁ、それもないではないですけど」



一度言葉を区切った彼の視線が、私に据えられる。
それだけで意味もなくこの場から逃げ出したくなってしまうのは、どうしてだろうか。
さすがに衝動に従う勇気もないから、首を傾げる動作で気持ちを誤魔化す。
震えそうになった手は自然と装って、身体の後ろで組んだ。

そうやって平静を保とうと、私は地道に努力しているのに。



「どうせならなつるさんがいる時に、廻りたいなと」

「…っ……」

「一緒に廻れたらもっと嬉しいですけど…なつるさんは休憩を貰うの、きっと苦手でしょう」



一瞬だ。一瞬で、私の壁は崩される。

どくん、と跳ねた心臓を、一瞬で掻き回された脳内を、どうやったら表に出さずにいられるのかが分からない。
勢いよく上ってくる熱に、どうしていいか分からなくて、くしゃりと顔が歪む感覚がした。悲しくなんかないのに、視界が滲む。

こんなにおかしな姿は知られたくなくて、隠したくて俯いた頭。そこに、覚えのある手先が優しく触れてくるから、身体は余計に言うことを聞かなくなる。

もうやめてと、言いたいのに。
やめないでほしいと、思ってしまう。

触れられないはずの頭の中を掻き回される。人肌の温かさに喉が引き攣る。
それなのに、優しいテツヤくんは簡単に私を暴こうとはしない。
あからさまにおかしな態度をとる私の頭を数度、言葉もなく優しく、ただ撫でるだけで。



「そろそろ、戻りますね」



最後まで何も言えない私を許すように、大丈夫だとでも言うように軽く肩を叩いて。
そうやって甘やかすだけ甘やかして去っていく背中を、寂しく思ってしまう自分のぐちゃぐちゃに散らかった心が、重かった。







花弁は綻び落ちて




剥がれ落ちて、壊れていく先。
変化を匂わせる空気が、どうしようもなく怖い。

20131128.

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