incidental | ナノ


長い夏休みが明けて久々にしっかりとした時間に登校した学校は、休暇の終わりを嘆く声が多いなりに活気に溢れていた。
歩ちゃんや彼方くん、部活仲間といった顔触れは休みの間も関わることがあったけれど、久し振りに顔を見る少し日に焼けたクラスメイト達を眺めていると、ふと夏が終わる気配を感じる。

今はだれている人間が多くても、またすぐに忙しなく動き回る時期はやって来る。
高校に入って初めての、明確な季節の移り変わり。
春に感じたものとは少し違う、新しい空気が身を包むような気がした。






「げっ」



調理後、出来上がりを待つ間に使用した器具を片付けている最中、僅かに引き攣った声を聞いて振り向けば、窓際を通りすぎようとしていた幼馴染みが眉を顰めて外を見下ろしていた。



「先輩どーかしたん…あれっ?」

「ひゃー! 可愛い! ワンちゃんだ!」



異変に気付いた部員が片付けを放り出して窓際に集まる。
出遅れた私の耳にも高い獣の鳴き声が届いて、思わず洗い物の途中で水道を止めてしまった。



「犬?…って、迷いこんだのかな?」

「どうだろうねー。なんか服みたいなの着てるけど…おいでおいで」



外に通じる大窓を開けた友人が手招くと、人慣れしているのか白と黒の毛色の仔犬が寄ってくる。その胴体には聞こえた通り服を着ていて、どこか見覚えのあるような形をしていた。



「先生達に見つかると面倒ですかねー」

「飼い主いそうだけどね。よしよし、いい子いい子」



友人の腕に抱えあげられた円らな瞳の仔犬は、囲まれても怯えることなく尻尾を振っている。
可愛いなぁ、と一歩離れた場所から見守っていると、私の隣で顔を顰めたままだった彼方くんが苦そうな声で呟いた。



「それ、バスケ部のユニフォームだろ」

「えっ、そうなんですか?」

「あー…公式戦見ないと知らねーよな。でもまぁ間違いなくあいつらんとこのだ」

「なーんだ。じゃあ飼い主ちゃんと見つけられるね。心配ないって、よかったね」



わん、とタイミングよく声を上げる仔犬に、集った部員の相好が崩れる。
どうやらうちの部には動物好きが多かったようで、唯一の例外である幼馴染みだけが苦々しい表情を崩さなかった。

昔から小動物が苦手な幼馴染みに苦笑しながら、でも、と私も話に加わる。



「いなくなってたら心配しちゃうよね。早く帰してあげないと」

「それもそーだねー…でももうちょっとくらい…」

「もう出来上がる頃だろ? なつるお前差し入れついでに帰してこい」

「…彼方くん運ぶの手伝ってくれるんじゃ」

「部長、命令、だ!」



そんな横暴な…。
自分が近くにいたくないだけだろう物言いに、嘆息する。

仔犬とはいえ、差し入れにプラスして抱えるとなると私だけで手が足りるはずがない。
誰か他に手伝ってくれそうな人は、と見回すと、今まで集っていた部員はゆっくりと仔犬を下ろし、距離をとった。



「…何でいきなり遠ざかるんですか…?」

「えっ! い、いやーそういえばあたし動物アレルギー持ちで」

「私も犬は苦手だったわそういえば」

「人見知りだから他の部に顔を出すなんて…」

「思いっきり平気そうだし、触ってたし、バスケ部とは面識あるのに…?」



そんな苦しい言い訳に騙されるほど馬鹿でもない。
合宿でもそれなりに仲良くやっていたのに、バスケ部を避ける理由もないだろう。
そんなにお使いが嫌なのか…と少しばかり不満を込めて見つめてみれば、あからさまな態度をとる友人や先輩がうっ、と声を詰まらせた。



「いや…でもせっかくのフラグは折るべきじゃないと思うし…ほら! この子賢そうだから抱っこしなくても大丈夫よ!」

「よく解らないんだけど……大丈夫かなぁ…」



発言の意味はよく理解できないけれど、ここまで拒否されると頼み込むこともできない。
くぅん、と鳴く仔犬と目を合わせるようしゃがみこめば、やっぱり懐きやすいのかころころと駆け寄ってきた。
匂いを嗅ぐ鼻先が少しだけ足に触れるのがくすぐったく、小さな頭に手を滑らせて柔らかめの毛を撫でると尻尾の動きが増す。

可愛い、気性の優しい子だ。
賢いかどうかはこの短い時間では判断できそうにないけれど。



「じゃあ、帰してあげるから少し待って、一緒に行こうね。差し入れの準備をするから」

「もうできてる」

「彼方くんって…自分が絡むと行動早いよね」

「当たり前だろーが。人間自分が一番可愛いんだ」



わんっ!、といい返事を貰えた瞬間に近場の調理テーブルに置かれたラップの掛かったトレイに、また私は苦笑いを隠せない。
極力近付きたくないらしく、トレイを置くとすぐに再び距離をとった幼馴染みの表情は、仔犬発見時から変わらず渋いものだった。






愛嬌溢れる迷い子



(可愛いのに、ひどいお兄ちゃんだねー)
(ワンッ!)
(媚びれば好かれて楽だよなお前らは)
(斜めな見方はやめようよ彼方くん…)

20131006.

prev / next

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -