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何だかんだと騒ぎながらも、結局はこうなることを予測していたらしい弟は三人分の昼食を用意していた。
それを見てツンデレかと騒ぐ幼馴染みをまた機嫌を悪くした弟が沈めたりもしたけれど、なんだか久し振りに感じる家での食事はとても賑やかなものになった。



「で、なつるがいない時どーしてたんだよお前」

「普通」

「お前本当オレに愛想ないよな」

「必要ないだろ。ああでも、親は帰ってこなかった」

「えっ…」



思わず箸を止める私に、うわ、と嫌そうな声を出して顔を顰める彼方くん。双方の反応を特に気にせず、颯だけがそのまま食事を続ける。
綺麗に盛られた冷やし中華を、箸先で崩しながら。



「姉ちゃんいないから食事ないし」

「う、えっと…颯、二人の分は…」

「作るわけない」

「お前マジで極端なー…」

「姉ちゃんが甘いんだよ」



何でもないことのようにそう言う颯は、それなら私がいない間は一人でこの家にいたということか。
一気に込み上げる罪悪感が顔に出てしまったのかもしれない。それまで無表情だった弟は別に気にしてないけど、と表情を弛める。



「姉ちゃんは連絡入れてくれたし、一人が寂しいって歳でもないから」

「でも…まだ中学生なのに…」

「まぁなつるが気にするのもおかしい話ではあるわな。心配しないお前らの親がどうかしてるんだろ」

「それも今更」



今更、か。
そんな風に考えさせてしまうことに、軽く落ち込む。それすらも今更の事情だと解ってはいても。



「いいんだよ。たまには家のこと忘れて遊んだ方がいいし…まぁ今回は遊べなかったらしいけど」



改めて睨まれた幼馴染みは、無言で視線を逸らす。それに呆れるように嘆息した弟は、再び私に向き直ると本当に大丈夫だから、と笑った。

でも、大丈夫と口に出す人間が本当に大丈夫なのかなんて、本人ですら分からないものだ。
知らず傷ついて、諦めを抱く。そんなこともいくらでも起こり得る。

会話はそこで一旦切られ、新しい話題が広がった。
けれど、二人に合わせて笑っている間も、私の胸には一抹の不安が付きまとっていた。






 *




その日の夜の、お風呂上がりに髪も乾かし終わって、寝る前に少し本でも読もうかと考えていた時だった。
マナーモードを解除していた携帯の着信音が鳴り響いて、ベッドに寄りかかっていた私は慌てて背中を離した。

彼方くんか、部活の友人か、はたまた歩ちゃん辺りか。
そんな予想を立てつつ充電器に繋ぎっぱなしだった携帯を手に取れば、表示されていた文字に更に驚いて固まりそうになる。
けれど鳴り響く携帯を放置するわけにもいかず、一瞬で高まった緊張に震える指を動かした。



「は…はい、もしもし…」

『今晩は。夜にすみません…今、大丈夫ですか?』

「う、うん。大丈夫だけど…えっと、何かあった…?」



電話口から響く声は、少しくぐもって聞こえはするけれど、よく知るものだ。
何故か震えそうになる身体を押さえつけながら、できる限り私もいつも通りに返事を返そうと息を吐き出す。

でも、いつも通りって、どんな感じだっけ…?
おかしい。いつもはもう少し普通に話せるのに、電話するのが初めてだからだろうか。変に固くなってしまう。



『特に用という用はないんですけど…』

「え…」

『合宿、お疲れさまでした。本当に助かったので、改めてお礼を言いたくて』

「えっ…いや、そんな大したお手伝いしてないし…っ」

『というのも、口実なんですけど』

「え、ええ…?」



どういうことなの…?

焦りと疑問符で一杯になる私の頭の中を察したのか、小さく吹き出すような音が聞こえる。



「て、テツヤくん…?」

『すみません。なつるさんの声が聞きたくなりました』

「へっ…」

『合宿中、楽しかったので。今日からまた暫く会えませんし』

「あ…」



どきりと跳ねた心臓が、少しだけ鼓動を速まらせる。
胸をきゅう、と締め付けられるような感覚に、思わず携帯を握る手に力がこもった。

夏休みの間も、彼は部活が忙しいのだろう。
簡単には会えないし、連絡を取るにしても邪魔をしたくないし、きっと遠慮してしまう。
でも、それは…



(寂しいな…)



合宿中は、学校で会う以上に一緒の時間を過ごせたからか。暫く会えない、と改めて突き付けられた事実に、寂しさを感じてしまう。
解りきったことのはずなのに。



『寂しいですか』

「…う…ん。ごめんね…テツヤくんが頑張る時に…」

『いえ…ボクも同じ気持ちだから電話したわけですし』

「…テツヤくんも、寂しいの?」

『言ったでしょう。楽しかったんです』



貴方といられて、と。たったそれだけの呟きに息が止まる。
嬉しいような恥ずかしいような、言い様のない熱が身体中を満たすのが判る。



(どうしよう…)



どうしよう。なんだか苦しい。
同じ気持ちでいられるという、それだけのことに泣きたいような気持ちになる。



『なつるさん…? どうかしましたか?』

「う、ううん…何でもないよ。ただ…」

『?』

「テツヤくんは…やっぱり不思議だな、って」



おかしいな…本当に。

帰ってきてから胸を満たしていた虚しさが、じわじわと温もりに埋められていく。小さな不安が、上書きされて消えていく。
この感覚は、何なんだろう。



「テツヤくんと喋ると、緊張するけど落ち着くの…変だよね」

『…そう、ですか』

「?…テツヤくん、どうかした?」



今度は珍しくぎこちない反応を拾って、不思議に思う。
私の言い方が何かまずかったのだろうかと、小さな焦りを感じたりもしたのだけれど。



『ボクも…同じような感じですね』



困ったような、だけど嬉しそうな。
そんな柔らかな声が鼓膜を震わせた瞬間、心音がまた大きく響いた気がした。







くぐもる同調




こんな気持ちに名前を付けるなら、幸せと呼んでもいいのだろうか。

20130605.

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