incidental | ナノ



さすがに、料理部の手際は完璧だった。

バスケ部のマネージメントもある程度終えてすぐに民宿の裏手にある広場に向かったところ、切り分けられた大量の食材と金串、グリルや鉄板は勿論、ダッチオーブンから長テーブルまで準備は既に整っていた。



「なつるちゃんお疲れー」

「お疲れさま…ほぼ準備できてるね」

「まぁうちらは暇だしね。定番かと思ったから、そろそろ焼きそば作り終わるとこ。ソースと塩の二種ね」

「ありがとう。あとは?」

「冬瓜の冷製スープと、サラダは三種。ダッチオーブンには野菜と肉で角煮作っといた。それからデザートも作って冷蔵庫に冷やしてあるよ」

「うん、それだけあれば大丈夫かな」



他のものを食べていれば、食材も焼けるだろうし。
バスケ部の面子も着替えたらすぐにやって来るはずだから、既に何本か見繕って焼いておいた方がいいかもしれない。

手早くエプロンを着て手を洗い、焼きそばを作り終えた鉄板の隣で野菜と肉をバランスよく金串に刺していく。
ソースは焼きながら塗る形でいいだろうから、既に熱を放っているグリルへ均等に並べていった。

ちなみにバーベキューソースは料理部の自家製だ。大きなグリルの半分には岩塩が敷き詰められていて、どこまでも食に貪欲な部長の人間性がよく表れていると思う。



(まぁ、美味しいからいいんだけど…)



きっと、バスケ部の皆も喜んでくれるだろう。
精をつけてもらう為にも、たくさん食べてもらいたい。

吹き出る汗を腕で拭い、何度か手を洗いながら食材を並べて、ある程度熱が加わってきたところで、賑やかな声が近付いてくるのが判った。



「うっわー! すっげー!!」

「おお…本格的だな…」

「肉だー!!」



ぞろぞろとやって来る面子はハードな練習を終えたばかりなのに、準備された器材や食材を見ると各々顔を輝かせる。
それがなんだかこちらまで嬉しくて、つられて相好を崩した。



「こっちのお肉は焼けるのにもう少し掛かるので、先に出来上がっているものをどうぞ」

「えっ!? なに? 何があんのっ?」

「マカロニ、ポテト、中華の三種のサラダと、ソースと塩の二種の焼きそば…冬瓜の冷製スープと、角煮があるみたいです」



私が作ったわけじゃないけれど、料理部の皆が用意したものなら間違いなく美味しく出来ているはずだ。

嬉々として訊ねてきた小金井先輩に答えると、それを聞いていた他のメンバーもおお、と声を上げた。



「すげぇ…」

「さすが櫛木の部活って感じだな…」

「あはは…」



本当に、一体彼方くんはどんな印象を周囲に刻み付けているのだろうか。
若干気になりはするものの、今それを問い質すような時間はない。苦笑を飲み込みながら少し遠くに佇んでいたリコ先輩に手招きすると、不思議そうに首を傾げながら近寄って来てくれた。



「どうしたの?」

「実は、私少しやることがあって…あとは焼き上がる前にソースを塗って、頃合いになったら皆さんは召し上がってください。あ、岩塩の方はソースなしで美味しいはずです」



ソースの入った器を示してそう言えば、わかったわ、と頷いて返される。発言を聞いて若干不安げな顔をしたバスケ部員には、一緒に焼けばいいんですよ、と笑っておいた。



「自分で食材を選ぶのもバーベキューの醍醐味です。せっかくだから、そこも楽しんでくださいね」

「まぁ…確かにな」

「こういうことも滅多に出来ないからな。楽しもうぜ!」

「はい。じゃあ私は、ちょっとだけ抜けさせてもらいますね」



軽く会釈をしてから、皿や飲み物の準備をしている料理部の面子にも後は頼むということを伝えれば、オーケーサインが出る。
彼女らの目的は好みの異性との出会いなので、私がいなくてもうまくコミュニケーションは取れるだろう。

若干名の男子部員には、少し居づらい部分もあるかもしれないけれど…。
そちらには内心申し訳なく思いながら、私も私でやることがあるので構ってもいられず、民宿内へと小走りで急いだ。








 *




「ん…こんなものかな…?」



混ぜ合わせたそれを、スプーンですくって一口だけ味わってみる。
あまり普段から口にしないものだから、どの程度の甘味がいいのか判断は付かない。けれど、悪くはないと思う。



(そうそう失敗するようなものでもないけど…)



でも、できる限りは好みに近づけたいとも思ったりして。

それでも、この季節だ。あまり長い時間拘っているわけにもいかない。
大きめのグラスにできあがったそれを移し変え、冷凍保存されたイチゴとブルーベリーを落とす。更に買い物袋から目的の物を取り出そうとしていた時、不意に呼ばれた名前にびくりと肩が跳ねた。



「なつるさん?」

「! え、てっ…テツヤくんっ? 何で…」

「やることがあると言っていたので、何か手伝うことはないかと…思って来てみたんですけど」



勢いよく振り返れば、僅か二、三メートルの距離まで近付いてきていたらしい彼と目が合う。
あれだけハードな練習を終えたのだ。お腹は確実に空いているはずだし、皆に交ざって並べられた料理に舌鼓を打っている最中だと、思っていたのに。

私の手元を覗いて目を丸くするテツヤくんには、もう誤魔化しはきかないだろう。
込み上げてくる羞恥心と脱力感に耐えながら、ちょっと待って、と断りを入れる私の顔は多分、真っ赤だった。

ああ、もう少し急げばよかった。



「あの、なつるさん…それ」

「…テツヤくんに、合宿中もたくさんお世話になったから…お礼がしたかったんだけど」



仕上げ一歩手前で見つかるなんて…タイミングが悪い。
材料と一緒に買ってきてもらったストローを差し、完成したそれを差し出せば、驚きに染まった視線が突き刺さる。



「シェイク…」

「好きだって聞いたから…。好みの味に仕上がってるかは、判らないんだけど…その…」

「わざわざ、ボクの為に準備を?」

「だって、テツヤくんには本当に、感謝しても足りないくらいだから」



こんなものじゃ、本当は足りないんだけど。
でも、何もせずにはいられないから、どんなに小さなことでも、何もしないよりはましだと思って。

喜んでくれるかな…と微かな不安が過ったところで、冷たいグラスの感触が掌から消える。
そろりと視線を上げれば、私の手からグラスを攫った彼は柔らかく、頬を弛めていた。



「嬉しいです。すごく」

「そっ……そう…ですか」



ほんのりと染まった頬の色に、心臓が一瞬跳ねた。
それならよかった…と呟きながら、再び俯かせた顔を上げられない。熱いのは、気温の所為だけじゃない。



「そ、それじゃあ…戻ろうか」



きっと外では盛り上がっている。手伝いが必要ということはないとは思うけれど、テツヤくんだってお腹は空いているはずだ。
そう思って歩き出そうとした時、指に触れた空気以外の感触に、またドキリと心臓が縮まる。



「もう少し」

「へっ…?」



自然と立ち止まり振り向く私の目に、引き留めるように捕まれた手が映る。
そこから辿るように見上げた彼は、軽くグラスを傾けて、目を細めて笑った。



「もう少しだけ、二人でいませんか」



せめて、飲み終えるまで。

誰の目にも判りやすい、貴重な笑顔でそんなことを言われて、指先から痺れが走ったような気がした。








シェイクと指先




(ずるい……)



テツヤくんは、たまに分かっていて、そうしているんじゃないかと疑いたくなる。
そんなことを言われたら、ドキドキしてしまって、どうしようもないのに。



(でも、ご飯…行かないとなくなっちゃうかもしれないよ…?)
(少し遅れていっても足りますよ。シェイク、美味しいです)
(う……お粗末さまです)

20130322.

prev / next

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -