「何かありましたか?」
「へっ?」
ひょい、と横から覗き込んできた顔に、びくんと肩が跳ねる。
合宿中、手伝ってもらうのが恒例となってしまった食事の後片付けは、あとはやることと言えば食器をもとの位置に仕舞うだけだ。
何も粗相はしていないはずだけど…と隣に立つテツヤくんを見上げれば、何かを見透かそうとするような真っ直ぐな視線に捕まって、ひくりと喉が鳴った。
「なんだか、ぼうっとしているのに挙動不審みたいなので」
「そ、そう…?」
「体調が悪いとかでなければいいんですが…」
「あ…うん。それなら、大丈夫。私これでも身体は弱くないから」
心配そうに僅かに下げられる眉に、慌てて首を横に振る。
本当に体調が悪いわけでもないのに、彼に変な心配をかけたくない。の、だけれど。
「…あ、あの…テツヤくん……?」
無言で、じいい、と見透かすと言うか穴でも開けようとしているかのように見つめられると、どうしようもないというか。
なんだか恥ずかしくなって、心臓が早鐘を打ち始めるような気がした。
(な、なに?)
何なの? 私、何かしちゃった…?
胸の辺りがそわそわして落ち着かない。ずっと見られているのは恥ずかしくて目線をずらせば、その次の瞬間はあ、と溜息が聞こえて再び肩が跳ねた。
「わ、私何か…?」
やっぱり何か、してしまったのだろうか。
何も言わないテツヤくんに不安になって彷徨わせていた視線を戻せば、今度は珍しく困ったような顔つきにぶつかる。
「何か…というのは、ボクが訊きたいんですが」
「え、と…私、何かおかしい?」
「おかしいというか、ぎこちないです」
「えっ?」
「そういえば…」
戸惑って固まる私をよそに、彼の方は話をはぐらかすように傍を離れ、残った食器を順に片付け始める。
慌てて残りのお皿を私も手に取ろうとした時、軽く途切れた会話がもう一度繋がった。
「高尾君と、仲良くなったんですね」
「っ、へ?」
「たまに、喋ってますよね」
「そ、そう…? 喋ってるかな……」
一瞬、皿を持っていなくてよかった、と安堵した。
高尾くんとは、確かに顔を合わせた時には少しだけ言葉を交わす。けれどそれは高尾くんのキャラクター故というか、仲が良くなくてもあの人は軽い世間話くらいはできる人な気がする。
だから指摘に驚いたと言うよりは、私はその高尾くんの言っていたことを思い出して、一時停止しかけたのだ。
(あ、愛とか…)
私がテツヤくんのことを好きだとでも言うような、からかい方をされたから。
なんだか合宿に来てからこんなことばっかりで、恥ずかしいし戸惑わされるし、いけない。
大体そんな、好きとか、私みたいな人間にそんな感情は分不相応だと思うし、そんなのはまだ早過ぎる…と、思う。
(それにテツヤくんは、素敵な人だし…)
私なんかが、そんな気持ちを抱いたって迷惑にしか…
「…好きですか?」
「ひぇっ!?」
落ち着いて、落ち着いて今度こそ手に取った食器が、私の揺れに合わせてガチャリ、と音を立てる。
反射的に振り返った彼は少し離れた位置から目を丸くしてこちらを見ていて、自分の過剰反応が恥ずかしくなった。
「えっと、な、なにっ…?」
「いえ…高尾君が好きなのかな、と」
「はっ…え?」
好き、という単語に反応してばくばくと跳ねる心臓を、深呼吸を繰り返して宥めていると、思いもよらない質問を投げ掛けられて違う意味で固まりそうになった。
え? 何の話…?
「た、高尾くんが…? え?」
「…すみません。見当違いだったみたいですね」
「う、うん…? えっと…一応、違うって言ってた方がいい?」
「はい。安心しました」
「そ、そう…」
私の反応から察してくれたのか、注意深く探ってきていたような目力が弛められる。
それに私の方もほっとしながら、意味は解らないなりに胸を撫で下ろした。
「合宿も残り僅かですね」
「うん…少しの間だけど、関われてよかった」
「なつるさんがいてくれて助かりました」
「そんなに役には立ってないけど…」
「気持ち的にも」
ふ、と柔らかな微笑を向けられて、また気恥ずかしさがぶり返して俯いてしまう。
なんだかそれは、とても嬉しいと言われているようで。
「で、でもやっぱり、合宿の他も練習は大変なんでしょう?」
全て食器を片付け終えて、いつもなら一息吐ける時間なのに、今日はなんだか落ち着かない。
彼の顔もうまく見られないまま訊ねた私に、同じように作業を終わらせた彼が近づいてくる。それだけでどうしてか、どぎまぎしてしまって。
「そうですね。確かに練習は多いです」
「そう…だよね」
「夏休みは長いですし」
「うん…」
そうだ。
合宿が被って、一緒にいる時間が多くなっていたけれど、それは一時的なものでしかない。
これから夏休みの間中、テツヤくんに会うことはなくなるし、二学期が始まっても今まで通り、クラスも部活も委員も違うから、限られた時間しか顔を合わせられない。
(なんか…)
それは、寂しいかもしれない。
でも、冬の大会のために努力している彼に、こんなことを言っても困るだけだ。
今までだって同じようにやってきたんだから、これからだって寂しく感じる必要はないはずなのに。
「なつるさん」
「うん…?」
「とても今更なんですけど」
手持ち無沙汰にカウンターに寄り掛かる私の横に並んで、少しだけ畏まった様子の彼に首を傾げると、困り顔を隠すような笑みを向けられた。
「連絡先、教えてもらえますか」
「…え? あ……」
そう言えば。
彼の言葉に、今更気付かされる。確かに私達は、携帯のアドレスを交換していなかった。
彼に至っては私の家も知っているし、ここまで仲良くなったのに。本当に、今までどうして気付かなかったのか。
今更にも程があるし、謎の羞恥心に襲われながら私は頭を下げた。
「ご、ごめんねっ…私、いつも付箋とかでやり取りしてたからすっかり…」
「ボクも、夏休みに入ってから気付きましたし…おあいこですね」
な、何してるんだろう…本当に。
熱くなる顔に手を当てながら俯いていると、くしゃりと撫でられる頭にまた、肩が揺れる。
恥ずかしい。すごく、なんだか恥ずかしくて、息まで苦しくなる。
「あ、あの、でも携帯部屋に置いてて…」
「じゃあ、明日交換しましょうか」
「う、ん…」
近い距離で向けられた笑顔に、どきりと跳ねる胸を抑えながら頷く。
その少し後まで優しく撫でられた手の感触が、やけに後を引いた。
連絡と約束ただそれだけ。連絡先の一つでも、知っていれば寂しさも紛らわせる気がして。
それでもやっぱり、今更過ぎて恥ずかしい気持ちだけは拭えはしなかったけれど。
20130222.
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