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バスケ部のお手伝いにも、少しは慣れた気がする二日目の夜。
テツヤくんは私の拒否を遮って、夕食の後片付けを手伝ってくれていた。



「あの、テツヤくん、本当にもういいよ。疲れてるんだから明日のために休まないと…」

「なつるさんだって、慣れないことで疲れるのは同じです」

「いや、でも皆よりは動いてないし…」



特に彼は他の人よりも体力が少ないようだったから、余計に休息は必要だと思うのだけれど。

洗い終わった食器を戻してくれるのは、あまり身長の高くない私としては確かに助かるし、一人で作業するよりは寂しくもない。
けれど、彼に迷惑をかけたいわけも、当たり前だけれど、ない。



(私、本当にお世話になってばっかり…)



手助けになりたいなんて、烏滸がましいレベルだ。

しゅん、と肩を落としていると、隣に立つ彼が小さく嘆息した気配がした。



「ボクが勝手に気になるだけです」

「え…?」

「一応…他校の生徒もいますから。女性が一人でいるというのは、少し…」

「あ…」



そうか。
ゆっくりと落とされた言葉を噛み砕いて、納得する。

この民宿には慣れ親しんだ人間だけが寝泊まりしているわけではない。しかも部活動に使われていることを考えると、比率的に男性の方が多くなる。
何かあるとは思わないけれど、そう考えると確かに警戒心を持つのも当然のことだ。

それに、私より早くに気付いて傍にいてくれたんだ。

漸く強引な申し出の意味に気が付いて、食器を拭いていた手に無意識に力がこもる。
私、本当に何も考えてなかった…。



「他を疑うわけじゃありませんけど、心配なので」

「うん…ごめんなさい」

「謝られることじゃないですよ」

「ん…じゃあ、ありがとう」



やっぱり、テツヤくんは優しいなぁ。

罪悪感や情けなさより、その気遣いに気持ちがふわふわと浮き上がる。
少しだけ頬に熱が集まる感覚がしながらも軽く頭を下げてお礼を言えば、返ってきたのは普段通りの優しい笑みで。

こんな在り来たりなやり取りに、呼吸が詰まるようになり始めたのは何時からだろう。
並ばない肩や掌の違いに、今更気付いたような気持ちになるのは。

とくとくと、流れる血の音が耳の奥で聞こえる気がする。
周囲と異なる時間を感じていたその瞬間を破ったのは、聞き慣れない、呆れきったような男性の声だった。



「だからいい加減諦めろって! こんな真夏におしることか逆にキツいだろー?」

「別に熱いおしるこが飲みたいとは言っていない」

「そーゆー問題じゃねっつの!…ってアラ? 黒子?」

「む」



思わず何事かと調理場の入り口に揃って視線を向ければ、通り過ぎようとしていた二人分の影がぴたりと足を止める。
その顔触れが昼の練習で見掛けたものだと理解する前に、隣でどうも、と頭を下げたのはテツヤくんだった。



「うっわ、なに? 合宿中に逢い引き? 隅に置けねーじゃん黒子も」

「あっ…あい…!?」

「黒子…お前がそんな人間だったとは思わなかったのだよ…」

「違います。緑間君達は今から外に行くんですか?」



殆どふざけた調子で茶茶を入れられて固まる私を助けるように、すっぱりと否定してくれたテツヤくんにほっと肩から力を抜く。
しかも然り気無く話の流れを変える手腕に、少しだけ感動してしまった。
なんだか手慣れている気がする。

そんな誤魔化しに気付いた目をした黒髪の男子は、一瞬笑ったような気がしたけれど。
もう一人の、緑間くんと呼ばれていた彼は根が素直なのか、気付く様子もなくああ、と頷いた。



「どこの自販機にもおしるこがなくてな」

「おしるこ…?」

「そーそー。真ちゃんがどーっしてもおしるこが欲しいって駄々こねてさー。今から探索するしかなくなったの」

「さすが緑間君ですね」

「何が言いたいのだよ黒子」

「そのままです」



あれ…?

ふ、と息を吐き出すテツヤくんの様子がいつもよりも厳しい。
嫌っている、というよりは慣れているようなやり取りに両者の顔を交互に見つめると、それに気付いたテツヤくんがその手で軽く緑間くんと呼んだ人を指し示した。



「中学時代のチームメイトなんです、彼」

「ああ、それで…なんだか馴染んでるなって思った」

「んで? そっちは誠凛でマネージャーやってた子だよね?」

「あ、いえ。私は臨時のお手伝いで…白雲なつるです」

「白雲ちゃんねー。オレ高尾和成。合宿中よろしく!」

「そうですね、関わることもあるかもしれないし…よろしくお願いします」



部活動中にもなんとなく思っていたけれど、明るい笑顔を振り撒く人だ。
コミュニケーション能力の高そうな人だなぁ、と思いながら頭を下げて、それから私はあることを思い出してその隣を見上げた。



「あの、おしるこって缶ジュースですよね」

「む…そうだが」

「それなら確か、火神くんが買ってきた中に見たので余ってると思いますよ。秀徳高校の分もあったし…」

「なに!」

「マジで!?」

「!?」



叫びと共に一瞬で縮まった距離に、びくりと身体が震える。
高尾くんですら私よりもかなり身長があるというのに、緑間くんにまで詰め寄られると物凄い威圧感だ。

それでも、思わず後退った私の背中にとん、と当たった掌が、すぐにその緊張を解してくれた。



「食い付き過ぎです。なつるさんが吃驚してるじゃないですか」

「あー、ごめん。思わず」

「…悪い」



若干呆れたような声音で窘めるテツヤくんに、一方は苦い顔、もう一方はやってしまったと言いたげな顔で揃って謝られる。

アンバランスなような、息がぴったりのような、不思議な人達。
個性的だな、というような感想を抱きつつ頷き、私は早速冷蔵庫の中からおしるこを探す作業に移るのだった。







凸凹コンビと冷蔵庫



(あ、やっぱりあった。これでいいですか?)
(ああ…すまない)
(真ちゃんそーゆー時はありがとうって言おうぜー)
(…煩いのだよ)
(緑間君が失礼をしてすみません)
(え?、っと…私は別に…)
(さっきから喧嘩を売っているのか黒子…!)
(ごめんねー。真ちゃんツンデレだから中々素直になれないんだわ)
(いい加減なことばかり言うな高尾…!!)
(あはは…みんな仲良いね)
(…そうでもないと思うんですけど……)
20130124.

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