臨時マネージャー業というのは、決して楽なものではなかった。
それは勿論、実際に動き回る部員とは比べ物にならないとは思うのだけれど。
朝は日差しの強い中外での体力作り、昼からはリコ先輩の企みにより偶然合宿所が合致した強豪校との合同練習と、本当によく体力が続くと思う。
その内何度かテツヤくんは倒れ込んでいたけれど、あれは倒れ込まない人の方が凄すぎる練習量だった。
相手の秀徳高校とは、夏に一度試合をしたことがあるらしい。
練習を見守る中リコ先輩に聞いた話によると、インターハイの予選で当たり、勝ち抜いたとのことで。
とはいえ、選手は常に成長し続けているはずだし、油断できないということも解る。
現に火神くんを抜いたチームプレイでは、初日のゲームで誠凛が勝つことはなかった。
(スポーツは分からないからなぁ…)
単純に、弱いということではないと思う。リコ先輩の様子を見る限り、火神くんの個別指導にも意味があるように思えたし。
活かせるかどうかは選手次第だとも、先輩は言っていた。
(私…何かできない……よね)
近くで見ていると、余計にもどかしく感じて困る。
選手には敵わずともそれなりに動いて、重くなった足を引き摺りながら溜息を吐いた。
私ごときにできることなんて、高が知れている。
解っていても力になれたらいいのにと、思う気持ちはどうしようもなかった。
練習や試合を観ていると、彼らの熱意が身体の中まで流れ込んでくるようで。
それは誠凛に限った話ではなく、秀徳高校の選手からも感じるものだ。
けれど、やっぱり私は、当たり前だけれど誠凛に勝ってほしくて。
スポーツのことは、本当によく分かっていないのだけれど。
(テツヤくんに…勝ってほしい)
その裏に誰かが泣く未来も、あると解っていても思う。
私は、彼の喜ぶ姿が見たい。
なんて、エゴかな。
苦い笑みを口元に携えながら体育館に足を踏み入れれば、練習用具は片付けられてしんと静まり返ったそこで、壁に寄りかかって足を投げ出した彼の姿があった。
予想とあまり変わらない姿に、少しだけ困りながらも近づいて、その隣にしゃがみこむ。
「テツヤくん、夕飯もうすぐできるよ」
本来の役目のために途中で抜けているから分からないけれど、あの後もハードな練習は続いていたのだろう。
ぐったりと全身を脱力させた彼は、私の声にゆっくりと目蓋を上げて息を吐いた。
「…なつるさん」
「先にお風呂行ってきた方がスッキリするんじゃないかな。皆もう向かってたし」
「すみません…手間をかけさせて」
「手間なんて思わないよ。…私が勝手に心配してるだけ、だから」
テツヤくんだって私のこと、気に掛けてくれるでしょう?
そう、首を傾げれば、普段通り透き通った瞳は伏せられて、嘆息するように呟かれる。
「情けないところばかり見られました…」
「え…?」
なんだか、少しだけ落ち込んでいるような微妙な気配を感じ取って、ぱちぱちと瞬きを繰り返してしまった。
情けないところ、って、何だろう。
「えっと…ごめんね、私、よく解らないんだけど…」
「何度もへばりましたし…」
「あ、うん。でも、あれでへばらない方が凄いっていうか…ついていけてる分充分凄いと思うんだけど…」
あれ、もしかしてテツヤくん的には恥ずかしいのかな…。
心配はしても、情けないなんて思うはずがないのに。
大体、体力に自信をなくしかけている私にとってみれば彼だって信じられないくらい体力が続いている方だ。
「それに私、他校との試合観るの初めてだから…練習でも、凄いなぁって思ったよ」
「…楽しめましたか?」
「うん。とってもドキドキして、手に汗握っちゃった」
お陰で、点数数え間違いそうになったりもしたけど…。
肩を竦める私を見て、漸くテツヤくんの頬が弛む。
それならよかった、と言ってくれる声や表情はいつも通り、優しい彼のもので。
試合中の様子と比べて、ついドキリと鳴る心臓に慌てて俯いた。
そう。情けないなんてとんでもない。
「それに、その…ね」
「はい?」
どんな小さな呟きにも耳を傾けて、向き合ってくれる優しい彼も素敵だと思う。
けれど、たまに男の子らしい負けん気や力強さを見ると、それはそれで意識を引き付けられるというか。
くるりと丸くなった瞳から逃げるように、俯いたままその先を口にした。
「やっぱり、格好いい、って…思ったし…」
恥ずかしいけれど。でも、伝えたいとも思うから、口にするのは止められない。
「それにも、ちょっと…ドキドキした、かな……って」
「………」
「…ご、めんなさい。やっぱり、恥ずかしいこと言ってるよね…私…」
「…そうですね。かなり…恥ずかしいです」
「ご、ごめ…」
「でも」
ああまた私、変なこと言って。
顔を上げられないまま口を覆い、熱を持った顔に泣きたい気持ちになっていれば、手首を掴んで引き剥がされた。
つい反射的に振り向いてしまった私の視線の先には、僅かに色付いた頬を柔らかく弛めた彼が、いて。
「本当なら、嬉しいですけど」
そんなことを言われたら、心臓が跳ねたって仕方がないと思う。
手首に感じる皮膚は硬くて、触れた部分から伝わる体温に呼吸を奪われた。
二人ぼっちの体育館どうしようもなく、男の子なのだ。
そう感じることが増えたのはきっと、近付いた距離がそうさせるから。
20130117.
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