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それは、急遽部活が休みになった日の放課後のこと。

特に用事といった用事もなく、そのまま家に帰っても時間を持て余すだろうことが予想できた私は、これを期に校内の散歩でもしてみようかと思い至った。

入学以来タイミングを逃して歩き回っていない場所はいくつかある。
その辺りを回って、興味のある教室の探索でもしようかと考え付いたのだ。



「音楽室…購買も見たし…屋上も見たし…」



あとは何処かな、と指折り数えながら考える。

誠凛の選択授業は美術と音楽の二つ。組み分けで美術をとった私は音楽の授業を受けていないので、音楽室の位置はなんとなくしか知らなかった。
毎日のお弁当があるから購買にも行く必要がないし、屋上に至っては用事がまず無い、ということで。

知らなかったことを少しずつ知っていくのは、子供みたいだけれどわくわくする。
たまにグラウンドから聞こえてくる部活生の声や、何処かで個別で練習しているのであろう管楽器の音に口許が勝手に緩んでいく。



「うーん、あとは…あ、図書室!」



大事な場所を忘れていたことに気づいて、私は思わず手を打って立ち止まった。
私の住む町にはそれなりに整った図書館があるので気にしていなかったが、図書室はこれから高校生活を送るにあたって私には絶対に欠かせない場所だ。

自習時間ややることが見つからない時間は、やっぱり静かに過ごせる空間が欲しい。そこに本があるなら尚更に良い。
これは探さない手は無いよね、と一人頷いて歩き出そうとした時、あの…、と不意にかけられた声に再び足を止めた。



「え…?」

「あの」

「っ、え? あ、わ、私…?」

「はい」



どこから聞こえた声だろう、と周囲を見回したところで唐突に目の前に現れた男子生徒に、思わず一歩後ずさってしまった。
悲鳴は上げずにすんだけれど、驚いた。



(え? い、いつから…?)



ついさっきまで、私の歩く廊下に人影は見当たらなかったはずなのに。

静かすぎる空気を纏った彼との面識は、私が忘れているのでなければ多分ない。
不思議な雰囲気を持つ男の子だなぁ、とついまじまじと見つめ返す私に、彼は少しだけ首を傾けた。
表情はそのままに。



「図書室がどうかしましたか?」

「へ…?」

「急に立ち止まって図書室、と言ったきり動く様子がなかったので…少し気になって」

「え? あ‥と、ごめんなさい…?」

「謝らなくていいです、気になっただけなので」



人目があると思っていなかったから、つい端から見ると妙な行動をとってしまったらしい。
彼の言葉に僅かな羞恥を感じながら謝ると、動かなかった表情が少しだけ、緩められたように見えた。



(わ…)



何と表したらいいのか、分からない。

一瞬だけ、ほんの僅かに口許が緩んだだけなのに、とても目に焼き付くような表情をする男の子だった。
花が咲く、というのは女子に使う言葉だし、そんなにはっきりとした強烈なものじゃない。
例えるなら、そう…真夏の日射しを遮る木陰のような、そんな控えめで、それでもほっとするような、そんな。

思わず、いいな…、と口から溢れそうになった言葉を飲み込んだ。
いいな、と思ったのは本当だけれど、これ以上変なことを言うところを見られるのも困る。
通りすがりで少し会話をしただけの相手でも、おかしな印象は残したくなかった。



「えっと…改めて校内を探索してたんですけど、図書室にまだ行ったことがなかったことに気づいて、それで……端から見たら変でしたよね…」

「新入生ですか。ボクも今から図書室に行きますけど、場所が分からないなら案内しましょうか」

「えっ、あ、いいんですか?」

「はい。あと、同級生だから敬語はいいですよ」

「あ…うん。あれ? でも‥」

「ボクのは癖なので」



そう言って歩き出した彼に続くと、追い付くのを待つように歩調を緩められる。
なんだか育ちのよさが節々から伝わってくる人だなぁ、といった感想を抱きながら、私はどうしてか少しだけ得をした気分だった。





放課後の廊下



それが、普通の人よりも少しだけ埋もれがちな彼、黒子テツヤ君との出会いだった。
20120712.

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