incidental | ナノ



「よし。あとはこれを冷やすだけ」



火を止めて軽く息を吐くと、隣に立つテツヤくんも同じように肩から力を抜くのが判った。



「お疲れさまです」

「ううん。テツヤくんもありがとう。さすがに量が多いから助かったよ」



素揚げした茄子を、刻んだ生姜と胡麻油を混ぜたつゆに浸けてある。これを冷蔵庫で冷やせばとりあえず明日の一品は完成だ。
ネグリジェの上から着けていたエプロンを外しながら彼にお礼を言えば、いいえ、と柔らかな表情が返ってきた。



「特に何もしてませんから」

「そんなことないよ。というか、話し相手がいるから嬉しかったというか…」



慣れない場で一人で調理するというのは、中々寂しいものがある。
料理部のメニューは大体が仕込みも要らず、その日の内に作れるものを組んでいたから、部員ですら夜に調理場に近づくことはないのだ。

だからテツヤくんがいてくれて嬉しかった。



「ただ、一品知られちゃったから楽しみはなくなっちゃったけどね…」

「逆に、食べる楽しみは増えましたけど」

「そう…?」

「作っている最中の料理を見ると、気になります」



使い終わった菜箸やボール等を洗うためにスポンジを手に取りながら、彼の答えに耳を傾けてそれもそうかと頷く。
料理は作っている最中が一番わくわくする。それは作り手も同じかもしれない。
口に入る瞬間を見るのとはまた違う感覚で、出来上がりが楽しみに思えるのだ。



「明日になったら味が染みてるし、冷たいから結構するっと入ると思うよ。旬の野菜は栄養価も高いしね」



夕飯時に見たところ少食のようだったテツヤくんも、これならわりと入ると思う。

そこまで口にはしなかったけれど、聡い彼は気付いてしまったらしい。
夜に扱った皿を何を言わずとも片付けてくれていたテツヤくんが、はっとしたように私を振り返るのが視界の隅に見えた。



「なつるさん、もしかして」

「うん?」

「少食なの、気遣わせてしまってますか…?」



ちらりと視線だけ横に流すと、どちらかというと彼の方が気遣わしげな顔をしている。



「すみません、夕食は美味しかったんです。スープも、おかわりしたかったんですけど…」

「うん、ありがとう。あと、テツヤくんだけを気にしたわけじゃないから謝らないで?」



美味しかったと言ってくれるだけで、私としては充分嬉しい。
そう、申し訳なさそうに眉を下げる彼に笑いかけたのだけれど、彼の方が納得いかないようにむ、と難しい顔になる。



「一応、自分にしては食べれた方なんですけど…少し悔しいです」

「?…何か競ってるの?」

「いえ。ただ…なつるさんが作ったものなら、ボクが一番食べたい気持ちはあると思うので」

「う、ん…っ?」



比較的動きの少ない表情筋でも、彼の感情が読み取れることに勝手に嬉しい気持ちでいた私は、その不意打ちとも言うべき台詞に手を滑らせてしまいそうになった。
反射的に力を入れた指が、洗剤のついた皿をがしりと掴む。



(あ、ぶなかった…っ)



自宅なら未だしも、借り物を壊すわけにはいかない。
安堵の息を吐きながらそろりと彼の方を窺えば、今度はそこまで不満げな顔ではなく、どちらかというと少しだけ楽しげな雰囲気を醸し出す瞳が瞬く。



「照れましたか」

「っ…う、て‥照れました…」



でもそれ、わざわざ指摘しなくてもいいことだよね…?

じわりと込み上げる恥ずかしさに目を合わせるのが辛くなって、洗い物に集中する仕草は少々わざとらしかったかもしれない。
くすりと、微かに届いた吐息にどうしようもなく、顔に熱が集まるのが判った。

嬉しい、けれど。
でも、何だか特別だと言われたようで…心臓がおかしくなってしまいそうだ。



「で、でも、出来るだけたくさん栄養とれるように、食べやすいものを作るね」

「…ありがとうございます」

「ううん…私にできることって、本当にこれしかないから」



本当は、テツヤくんの力になれるなら何だってしたいけれど。
出しゃばっていい部分と、逆に迷惑になる部分もあるだろうから、弁えなければいけない。
私はどうしたってバスケ部の内側には入り込めないし、入り込んではいけない。そこの分別はついている。

でも、それでも私は、彼らを…彼を、応援したいと思うから。
少しでも、支えになりたいと思うから。



「私、今度はちゃんと信じるよ」



まだ、顔は熱い。羞恥心は消えていない。
けれどこれだけは真っ直ぐに伝えなければいけないと思った。



「テツヤくんが…誠凛が勝つって、信じる」

「……なつるさん」

「だから私も、その為に少しでもお手伝いしたいの」



透き通る瞳の奥が、ゆらりと揺れるのを見つめながら頬を弛める。
少しの間目を瞠ったまま言葉を選んでいた彼は、やがて同じようにふっと、力を抜いた。



「はい。絶対に勝ちます」

「うん」

「だから今度は、観に来てもらえると嬉しいです」

「うん、行きたいから、約束ね」



泡だらけの手だから指切りはできないけど…と肩を竦めて笑えば、一拍も置かずにスポンジを握る指がすくわれた。
泡だらけの何が問題かと、微笑む彼の所為で再び速まる鼓動に少しだけ、絡めた指はぎこちなかった。






泡と指切り




(日本一になります)
(う、うん…)
(なつるさんにも、嫌われたくないですからね)
(え? べ、別に守れないから嫌いになったりとかはしないよ…?)
(そうですね…でも退かれたくもないですし)
(…もしかして、何か罰則でもあるの?)
(そんなところですね)
(が、頑張ってね…)
(はい、頑張ります)
20121116.

prev / next

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -