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お風呂上がり、部屋に戻るリコ先輩と別れて調理場に向かい、明日の下拵えに入る。
灰汁抜きをしておいた茄子の水分を拭き取って、切れ目を入れるうちに油を温めて。残った時間で生姜も刻んでおけば、準備は万端だ。

あとは深めの大皿かタッパーを探そうと、食器棚を振り返ろうとした時、見慣れた影が近くの廊下を通るのが見えて思わず呼び止めてしまった。



「テツヤくん」

「、なつるさん?」



一呼吸置いて振り向いた彼も、ちょうどお風呂上がりだったのだろう。いつもよりもしっとりと落ち着いた髪に、少しだけいつもと違う印象を抱く。

なんだか、いつもよりも少し色っぽいような。
何かありましたか?、と首を傾げながら寄ってきてくれる彼を、つい見つめ過ぎた。
よく考えてみたら、呼んでみたはいいけれど特に用事という用事もないし…。



「ご、ごめんなさい…用はないの」

「はい?」

「テツヤくんが通ったから、特に意味もなく声をかけてしまった次第で…ごめんね、早く休みたいよね」

「いえ、それは大丈夫です。寧ろせっかくなつるさんがいるのに、中々話す機会がないなと思っていたので」

「練習第一だからね。すごくハードで…見てるだけなのに呆然としちゃいそうだったよ」



少しくらいなら、話をしてもいいだろうか。

正直に言うと、テツヤくんと二人で会話を交わす時間が好きな私は、この合宿にきて彼の顔は見れても中々ゆっくりと話す時間がなくて、少しだけ寂しく思っていたりもして。
彼らが冬の大会の為に取り組んでいることは知っているから、さすがにそんな個人の我儘を口に出すわけにはいかないと思っていたのだけれど。

テツヤくんも、そう思ってくれたのかな…。
そう考えると、なんだか胸がいっぱいになる。



「えっと…はい、どうぞ」

「…ありがとうございます」



同時に込み上げてくる気恥ずかしさを誤魔化すように、お風呂上がりならとコップに氷と麦茶を注いで差し出すと、一瞬目を丸くしたテツヤくんはすぐにまた表情を弛めて受け取ってくれる。
なんだか考えようによれば引き留めているみたいだと、やってしまってから気づいたけれど…彼を包む空気は穏やかだから、ついついそれでもいいような気になってしまう。



「今のやり取りは家族みたいでしたね」

「っ、え…そう?」

「ちょうど喉が渇いていたので」

「それならよかった。けど…個人的には、テツヤくんはお兄ちゃんとも弟とも雰囲気が違う気がするなぁ」



他愛ない話だけれどつい乗っかってしまえば、軽くコップを傾けていた彼が少しだけ笑った気配がした。
口回りが視角に入らず、その表情は確かめられなかったけれど。



「…そうですね」

「? テツヤくんが言ったのに、肯定しちゃうの?」

「家族は兄弟だけではないので」

「どうい…う……っ!?」

「なつるさんはいいお嫁さんになりそうですよね」



はた、と思い当たった答えに思わず言葉を失った私に、それすら見通しているような顔をした彼が微笑む。
つまり、兄弟ではなく…夫婦みたいだと、言われたのか。
ぶわ、と顔に集まる熱に頭の中が纏まらなくて、どんな返事を返せばいいのか判らない。

一気に膨れ上がった羞恥心に俯き気味になりながら、けれど一つだけ言わせてもらうならば。



「て…テツヤくんも、いい旦那さんになると…思うよ…」



選んだ答えとして正解なのかは判らなかったけれど、とりあえず思ったことをそのまま口に出してしまう。
だって、本当にテツヤくんはよく気がついて、優しくて、頼りになるから。

だけれど、言ってしまってから気付く。
これは余計に恥ずかしいことを口にしてしまったのでは…と。



「それは…ありがとうございます」

「い、いえ…こちらこそ…?」



恥ずかしさを堪えてちらりと窺い見た彼の頬が、少しだけ赤く見えたのは湯上がりだからだろうか。

何だろう、この空気…居たたまれない。
でも、今すぐ立ち去りたいとも思えなくて。



(いや…私の場合立ち去るわけにもいかないんだけど…)



明日の仕込みがあるから。
というのは、もしかしたら口実なのだろうか。

もう少し、もう少しだけ…一緒にいたいなんて思うのも、決して嘘にはできない本音だった。






疑似的な家族




(それにしても…調理場は出入り自由ですよね?)
(? うん、そうだね)
(…なつるさん、少し無防備過ぎませんか)
(え…っと、そうかな…?)
(ネグリジェ一枚は…ちょっと)
(う…でも、夏だし…仕込みでも火は使うから、暑いし…)
(……終わるまで待ちます)
(ええ!? い、いいよ、テツヤくんはちゃんと休まなきゃ…)
(心配で休めません)
(うっ…)
(手伝えることなら手伝います。なつるさんも、早く休むに越したことはないですから)
(うう…なんか、本当…面倒かけてごめんなさい…ありがとう)
(いえ…いっそ、夫だと思って頼ってくれていいですよ)
(!? そ、そっそれ続いてたの…っ!?)
(少し楽しくなってきました)
(て、テツヤくんのツボが解らない…)
20121107.

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