incidental | ナノ



自分の体力の無さが情けない。
数分だらけていたおかげで少しだけ気力を取り戻した身体を起こしながら、思った。

元々常人の体力しか持っていないし、部活動も文化系だから身体を鍛えられることもない。
でも、料理指導だけでここまでくたびれるなんて…真剣に走り込みくらいするべきかと、悩みながらもとりあえず今は役目を果たすべく、大型の冷凍庫で冷やしておいた鍋を取り出した。

その表面に手を当てて、冷たさを確認して頷く。
かなり荒療治ではあったが、ちゃんと冷えているから問題はなさそうだ。

サラダとカレーは並べ終えているから、これだけ装って運べばあとはそう気を使う必要はない。



「…スープですか?」

「わ、テツヤくん。びっくりした」



いつの間に背後にいたのか、小皿を探そうと反転した先にあった見慣れた顔に軽く驚く。



「どうかした? 飲み物は出してたよね?」

「いえ、なつるさんだけ席に着かなかったので、まだ何か運ぶものでもあるのかと思って」

「さすがの観察眼です…でもテツヤくんも、練習で疲れてるんだから座ってていいんだよ?」



これは私が勝手に増やした一品だし…と付け足せば、何も言う前から、彼はすぐ傍にあった食器棚から小皿を取り出して渡してくれる。



「ボク達のためにここまでしてくれてるなつるさんを、手伝わない方がおかしいですよ」



そう言って微笑む表情はやっぱり柔らかくて、胸の内側を擽られているような感覚に自然と視線が落ちた。

たまに、本当にテツヤくんは優し過ぎて、恥ずかしくなるから困る。



「い、いや…私こそ恩返しなんだし、それに…」

「はい?」

「テツヤくんにはもう、申し訳ないくらい普段から頼ってしまってて…全然返しきれないうちからまたそんな優しくされると、どうしていいか…」

「…優しくはないですけど」

「えっ何言ってるの!? テツヤくんほど優しい人、私知らないよ…」



本当に、本当に申し訳ないなぁ、という気持ちが巡って、頭が下がる。
というか、改めて考えると恥ずかしいくらい、テツヤくんには色々と力を貰っていたりして。
しかも今日は彼方くんの勘違いで、変な言い掛かりまで負わせてしまったことを思い出したりもして。



(そういえば彼方くん…私のいないところでまた変なこと言ってたりしないよね…?)



付き合いだの何だの、やたらと気にしていた幼馴染みを思い出して、嫌な予感に襲われる。

どうしよう、テツヤくんに迷惑がられていたら。

とりあえず今はスープを装うことで視線を逸らせるからいいけれど、考えてみると不安は込み上げる。
ただでさえお世話になりっぱなしなのに、これ以上面倒を押し付けるわけにはいかないのに…。



「…本当に、優しくはないんですよ。なつるさんだと、出しゃばりたくなってしまうだけで」

「え…?」



迷惑がられていたとしたらショックだなぁ…と、若干沈みながら装い終わったスープをお盆に並べていると、少しだけ声量の落ちた呟きに動きを止める。

何だか意味深な雰囲気を感じて顔を上げれば、同じタイミングでくしゃりと頭を撫でられて、一瞬呼吸が止まった。



「っ、テツヤくん…?」



何がどうして、私は頭を撫でられているんだろう。
戸惑って速まる心臓と、じわじわと顔に集まってくる熱に羞恥心が込み上げる。

わけが解らないし、なんだか居たたまれない気持ちになりながら見上げた彼は、柔らかな眼差しで微笑んでいるし、もう、何がなんだか。



「櫛木先輩には見抜かれましたけど…」

「う、ん? 何が…ていうか、これ、運ばなくちゃいけないから…」

「手伝います」

「あ、ありがとう…」



暗に、そろそろやめてほしいな…と視線を送ってみると、すぐに気づいて離れていく手に、ほっと息を吐く。
なんだか、最近テツヤくんに触られると意識しちゃっていけないなぁ…と軽く頬を叩いて、トレーを運ぶ彼の背に並んだ。

少しだけ、自分でも撫でられていた場所に手をやって、ふわふわと浮わつく気持ちを味わいながら。
少しだけ、気持ちよかったりもするのが恥ずかしかった。






踏み込まれる距離




「なつるちゃーんっ!!」

「っ! は、はい!」



テーブルに戻ってみれば勢いよく飛び付いてきたリコ先輩に、驚きつつもトレーを置いてから受け止める。
何事かと周囲を見回してみれば、よっぽどお腹が空いていたのか、部員の方々はこちらも勢いよく料理にぱくついていて。



「やったわ! 美味しいって言わせられた…!」

「よ、よかった…おめでとうございます、リコ先輩!」

「ありがとう! もう、本当になつるちゃんのおかげよ!」



感動に涙を滲ませる先輩に、つられて私も笑顔が溢れる。
よかった。かなり気を付けて指導したけれど、大見得を切った分少しだけ心配もしていたのだ。
所々から美味い、と溢れる声を拾って私も嬉しい気持ちになる。

夏野菜たっぷりの旬のカレーと、サラダだけでもバランスには問題ないけれどもう一品。
枝豆の冷製スープを並べて、献立は完璧に出来上がりだ。



「本当にありがとうな、白雲」

「まさかカントクにここまで指導できるとは思ってなかったし…いい意味で期待を裏切られたな」

「いえいえ。皆さんの為に頑張ったのはリコ先輩ですから。私はスープしか作ってませんよ」



小皿を受け渡す際に声を掛けてくれた日向先輩と伊月先輩には、きちんと言い聞かせておく。
部員のことを考えて一番頑張っているのは、リコ先輩だ。私は手伝い要員でしかない。



「本当に、幸せ者ですよ」



文化部にはない繋がりの形を見せつけられて、憧憬すら抱きそうになるくらい。
誰かのために、何かのために、頑張ることも、支える人も。

素敵な監督さんですねと括れば、二人の先輩はああそうだな、と頬を弛めた。
20121023.

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