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「受け取れゴルァ!」

「……ありがとうございます」



休憩時間に入った瞬間いつものように倒れこんだボクの顔に、叩きつけるようにタオルが落とされる。
特に痛みを感じたわけでもないので一応はお礼を言いながら、気怠く感じる身をゆっくりと起こした。

バスケ部の助っ人に来たという櫛木先輩は、さすがに自ら言い出しただけはあって仕事は正確なようだった。
今も、他のメンバーには既にタオルとドリンクを回し終えてきたのだろう。最後にボクの隣にドリンクを置いたかと思うと、すぐ傍にどかりと自分まで腰を下ろしてきた。



「で、実際のところどうなんだ。なつるとは」



水を被ったように滲み出てくる汗を、タオルで拭っていたところにかけられたその言葉に、心より先に身体が反応した。
ぴくりと、微かに動きを止めたボクの手に気がついたらしいその人は、疑るような視線を隠しもせずに続ける。



「からかってるわけじゃねーんだろうな。あいつはそこら辺かなり鈍い。もし適当に相手してんなら…」



許さない、と、鋭い目付きが語る。
何となく、そんな責め方をされると、胸の中で反抗心らしきものがもやもやと蠢き出してしまう。

颯くんが彼女を気にするのは、姉弟という間柄だったからだろうか。気にならなかったし対抗心なんて芽生えなかったはずだ。
けれど、この人は違う。血の繋がりはなく、ただ長い時間彼女を見守ってきたのだろう“赤の他人”で。

家族には成り得ない。
それでも彼女にとっては、掛け替えのない存在であることに間違いはないのだろう。
そう考えると心臓が縮むような感覚がして、どうにも息が詰まる。



「…なつるさんは適当に付き合える人じゃありません」



それでも、いくら目上の人だからといって、言われるままでいるのは耐えきれない。
彼の吐き出した言葉が見当外れだから余計に、否定しないわけにはいかなかった。



「ボクには、彼女を適当に扱うことはできません」



いつだって慎重に選んで紡がれる言葉を、見ている人間を癒すような穏やかな笑顔を、思い出しながら目蓋を伏せる。
部員の騒ぐ声が膜が張ったかのように遠くで聞こえて、世界が隔てられているような気がした。



(許さない、なんて)



その感情が、自分に備わっていないとは思われたくなかった。
彼女を大切に想う人間が、彼や彼女の家族だけだと思われたくない。

平常心を保つ努力をするボクの傍らで、少しの間口を噤んでいた櫛木先輩は、やがて大きな溜息を吐き出しながら頭を掻いた。



「…はー…じゃ、本気って取っていいわけだな? 二言は聞かないからな」

「どうぞ。言うつもりもありませんから」



伏せていた目蓋を上げながら返した声が、少し刺々しく響いたことに若干自己嫌悪を覚えるも、言葉自体を後悔することはない。
櫛木先輩が彼女をどう思っているのか、その心配が単なる兄心から来るものなのかは定かではないが、そんなことはどうでもよかった。

自分の心さえ確立していられれば、今はそれでいい。
“それ”だけに気を取られているわけにはいかない。そのつもりもない。



「まぁでも、交際はやっぱ交換日記からだけどなー」



そろそろ休憩も終わりかと、立ち上がりながら呟いた櫛木先輩には、本気だったのか…と思いはしたけれども。
再度言われてみればとある事柄が脳裏を過ったので、続いて立ち上がりながらそういえば、と溢してみた。



「交換日記じゃないですけど、手紙のやり取りならしてます」

「…なん…だと?」

「正しくは付箋ですけど」



本の貸し借りついでに、と軽い説明を入れれば、衝撃を受けたかのように固まった櫛木先輩は数秒後、自分の顔を自分の掌で掴むようにして呻いた。



「……貴様はフラグ建設士か」

「…はい?」



これは、一応勝てたのだろうか。






小競り合いの結末




そして漸く一日目の練習を終えて辿り着いた食卓には、文句の付け所のない料理と共にぐったりと伏せる女子二名の姿が待ち受けていた。



(!? な、何があった!?)
(あー皆、お疲れ様…夕飯はできてるわ…)
(大丈夫ですか、なつるさん。何かあったんですか?)
(あ…テツヤくん、お疲れ様…ちょっと、集中力切れただけだから、気にしないで。皆さんも、どうぞ召し上がってください…)
(いやいや、この状況で放置はできないって!! つかマジで何があったの!?)
(…果てしない、戦いだったわ……)
(本当に…戦場でした)
(な、何かごめんな…いや、ありがとう、か)
(よく頑張ったななつる)
(うん…彼方くんの采配は正しかったよ…)
(お疲れ様です…なつるさん)
(あは…部員の皆さんに比べれば、全然動いてないんだけどね…)
20121018.

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