監修、という言葉の意味を、私は深くは考えていなかった。
主には相田先輩が料理するから、私はその補助をすればいいのかな、くらいにしか。
調理場に向かう私にかけられたバスケ部の面々のエールや、何かを訴えかけるような視線の意味も解ってはいなくて。
そして取り掛かって漸く、彼らの送ってきた眼差しの理由を知ることになる。
「あっ、相田先輩皮剥き忘れてます! 冷凍肉もそのまま焼いちゃ駄目ですからっ!」
「えっ? で、でも皮には栄養あるって言うし、早く作らないと練習終わるまでに間に合わないし…」
「た、確かに言いますけどものには限度があるというか、歯触りも気になるし…とりあえず玉葱とじゃがいもは最低限剥かなきゃ駄目です! 空腹は最大の調味料ですから、少しくらい遅れても皆さん気にしませんよ。それから、包丁を使うときは指は立てて…食材ももう少し小さめに切って…」
こう、と手本に一つじゃがいもを切って見せると、相田先輩の肩がしょんぼりと下がる。
ああ、責めているわけではないのに…!
(こ、これは確かに彼方くんじゃ駄目だ…)
あまりにも激しい食材への冒涜行為に、軽い目眩を覚える。
はっきり言って、相田先輩の料理の腕は料理以前の問題だった。
まず包丁を扱う、という点からして怪しく、最初に野菜や肉ではなくサプリメントを刻み始めた時には慌ててストップをかけた。
しかも間違えて自分の指まで切っちゃうし…。
もし監修が私でなく彼方くんだったら、怒鳴り散らすくらいで済むかも分からない。
大概のことを器用に熟せる私の幼馴染みは、出来ない人間に教える方向には全く向いていないのだ。
成る程、これだからマネージャーの方を引き受けたわけか。
彼方くんの采配の理由を深く理解しながら、私は内心頭を抱えた。
「ご、ごめんね…なつるちゃんにまで迷惑かけて」
「えっ、いえ、気にしないでくださいね? 私こそ皆さんに迷惑かけちゃいましたし…」
これくらいで恩返しになるなら、いくらでも手伝おうと思える。
というか、今この場から目を離すことはかなり、恐ろしい。
だって、生肉は流石にまずいよ…。
今私がこの惨状を投げてしまえば、被害は確実に大きくなる。
バスケ部の面々は勿論のこと、何よりWCでの雪辱を誓っているテツヤくんのやる気や体力を、こんなことで奪うわけにはいかない。
だから私は気持ちを入れ換えて、落ち込んでいる先輩の背中を撫でた。安心してください、と笑いかけながら。
相田先輩だって、何よりも彼らを思って必死なのだ。そんなことは少し見ていればちゃんと分かる。
「根本から考え直しながら作りましょう。大丈夫、私が絶対美味しく作らせますから」
絶対、と、半ば誓うように宣言する私に、先輩はそれまで伏せがちだった瞳を見開いた。
「健康な生活は健全な食事から。そして動いた分の食事量をこなさせる為に味や食感はとても大事になってきます。それに、どうせ作ったものなら美味しく食べてもらいたい。喜んでほしいですよね?」
「え、ええ…それは勿論」
「なら、言わせてやりましょう、先輩。吃驚するくらい美味しいって!」
大丈夫。秘策はある。
彼方くんから余分に持たされていた食材を振り返り、頷く。
少々メニューは変更させていただこう。
ここは意外性と、季節感に頼る。
「まずはお肉は解凍しましょうね。それから、さっきの食材は明日また使いましょう。冷蔵庫に仕舞っておいて、今日はメニュー変更です」
「え、あ、はいっ」
「それから、先輩にアドバイスしながら私も一品増やします。張り切って、作りますよ」
俄然やる気を燃やしながら、持ち運んだ袋から食材を出していく。
そんな私に若干気圧された様子だった相田先輩も、すぐに持ち直すとその目に強い決心を宿した。
「そうね、絶対美味しいって言わせてやる!」
「はい、その意気です!」
ぐ、と拳を握る先輩に強く頷き返して、私の戦いは始まった。
調理場の奮闘(サラダよし、ブイヨンも冷えたし、ミキサーに入れて…リコ先輩トマトとオクラは後です!)
(は、はい!)
(カボチャに箸を刺してみてください)
(え、ええ…ちょっとまだ硬い、かも)
(頃合いですね、ルーを入れてください。まずは七欠片分。その内辛口を二欠片で)
(分かったわ、七欠片…)
(下手に何も入れなくて素材の味で事足ります。サプリメントは出すなら食後です)
(うっ、りょ、了解…)
20121012.
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