「ちなみにマネージメントはオレ担当だ!」
彼方くんの一言に、一瞬にして巻き起こったのはブーイングの嵐だった。
「そこは普通女の子じゃね!?」
「運動部の夢が総崩れだな…」
「女なら相田がいるだろ。一応」
「一応ってどういう意味よ!」
言葉を選ばず傍若無人に振る舞う幼馴染みに遠巻きに苦笑しながら、私はバテてしまっているというテツヤくんに、家の冷凍庫から持ってきていた半溶けのスポーツドリンクを譲っていた。
「すみません…ありがとうございます」
「いえいえ、正気に戻ってくれてよかったよ…」
「まさかなつるさんに、こんな場所で会えると思ってなかったので…」
体育館の隅に座り込み、浮かぶ汗をティーシャツで拭いながら呟かれた最もな意見に、そうだよねぇ、と私も頷き返す。
まさか私も合宿でテツヤくんと鉢合わせるなんて、予想外にも程があったし。
「彼方くんの職権乱用は今に始まったことじゃないんだけどね…さすがに私も今回は吃驚したなぁ」
「彼がなつるさんの言ってた幼馴染みですか」
「うん。幼馴染み兼部長だよ」
そういえば一年の人達は彼方くんとは初対面だったか、と思い出しながら頷けば、テツヤくんの目が言い争う二年生集団へと向けられる。
そして数秒間じっと見つめていたかと思うと、もう一度その視線が私へと戻ってきた。
「あまり雰囲気は似てませんね」
「あはは…まぁ、家族ってわけじゃないし…」
兄のように思ってはいるけれど、本物にはなり得ない。
そこを仄めかした答えに、すぐ隣に腰掛けた彼の表情が微妙に、動いたように見えた。
「? テツヤく…」
「おーいなつる、隅っこで何して…っうぉわっ、人いたっ!」
「…どうも」
どうかしたのかと訊ねようとしたところで、いつの間にか近寄ってきていたらしい彼方くんがテツヤくんに気づいて軽く仰け反った。
対するテツヤくんはといえば、そんな反応には慣れっこだとでも言うように特に表情を崩さずに、小さく頭を下げるのみで。
「おお…マジで気づかなかったわ。なるほど、お前が黒子か」
「…? そうですけど」
「え? 彼方くん、テツヤくんのこと知ってるの?」
二人揃って顔を合わせ首を傾げると、私達に合わせるように蹲みこんだ彼方くんの目付きがきっ、と厳しいものになる。
(厳しいもの…?)
何故。
何か機嫌を損ねるようなことをした覚えはない。
わけも解らず瞬きを繰り返す私は、隣に座るテツヤくんの瞳が細まっていたことには気づかなかった。
「木吉から期待の新入部員がいるとは聞いてたからな。あと…」
「……」
「一つ、言っておく。よく聞け」
すう、と息を吸い込むその姿が、何故かとても深刻なものに見えて、自然と全身に力が入る。
その異様な雰囲気で周囲の部員の方々の視線までもを引き付けて、至極真剣な表情を浮かべた彼方くんの指が、びっ、と降り下ろされた。
「なつるとの付き合いは交換日記からだ。解ったか!」
「…………」
「……っは?」
「いや待て、違うな。なつるが欲しけりゃオレを倒すことだな!」
「……いえ、あの」
「うん、えっと…彼方くん、ちょっと何か勘違いしてるよね? 落ち着こう?」
あからさまに戸惑うテツヤくんと、顔を引き攣らせて固まってしまった部員の方々に酷く申し訳ない。
一体何がどうしてそういう思考回路に向かい、その答えが出てきたのか問い質したい気分はあれども、今はそれどころじゃないのだろう。
付き合いって、欲しけりゃって、何でそういう話が始まったのだろうか。
「大体ななつる、男は狼なんだぞ。いくら貧弱で人の良さそうな面してても警戒は怠るなと言ってるだろ。あと仲がいい男がいるんだったらまず兄ちゃんに紹介しろ。お前は無防備なんだよ色々と!」
「……」
「ちょ、本当に誤解だから! ていうか、言い過ぎだし…彼方くん私の兄じゃないし!」
「そりゃそうだけどお前も颯もオレにとっちゃ可愛い兄弟みたいなもんなんだっつの!」
「そこじゃない、問題はそこじゃないよ…!」
何だか申し訳なさに恥ずかしさが上乗せされて泣きたいような気分になる。
この幼馴染みはたまに言葉が通じないから困るのだ。
集まる部員の視線が明らかに呆れたものに変わっているというのに、気づこうともしない彼方くんに脱力しながら頭を抱えた。
しかし尚も何か言い募ろうとする彼方くんに、どう太刀打ちするか悩む私の隣で、それまでは黙り混んでいたテツヤくんの手が挙がる。
「あの、一応颯くんには紹介してもらいましたけど」
「……テツヤくん?」
「ああ? マジでか。颯には会ったってことは…じゃあアイツはゴーサイン出したわけか…」
「少なくとも、気に入られなかったとかは…多分ないかと」
「む……なら、判定はBだな。アイツはオレより目が利くし」
「あの…二人とも、通じてるの?」
私、ついて行けてないんですけど…。
判定って何の判定ですか。人間性とか?
私を挟んでの会話なのに置いてきぼりを食らわされて、本当にどうしようかと思う。
一人狼狽える私の疑問に揃って振り向いた二人は、何故かお互いの意思が通じているようで。
「ああ、まぁ、分かんねぇならお前はいいよ」
「なつるさんは気にしなくて大丈夫です」
たまに思うことだけれど、男の子って解らない。
何でもないことのようにあしらう彼方くんと、微かな笑みを向けてくるテツヤくんの表情に、私は疑問符しか浮かべられなかった。
合宿での顔合わせ(櫛木って…)
(幼馴染みバカだったのね…)
(てか、あれ黒子、引いてなかったよな)
(んん? つまりどういうこと…?)
(あれも一種の男の戦いだな!)
(木吉お前は黙っとけ)
20121008.
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