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憂鬱な梅雨時期を乗り越え、やって来た夏休み。
その殆どの期間は特にこれといった予定のない私だけれど、全く何もないということもなく。
休みに入って一週間程度経って漸く、一学期中に着々と計画していた料理部の合宿の日は訪れた。



「忘れ物無い?」

「三回確認したよ」

「何かあったら連絡して。迎えに行くから」

「颯は心配しすぎ…」



着替えの入ったボストンバックを肩から下げながら苦笑した私に、玄関先まで見送りに出てきた弟の顔が不満げに顰められる。



「彼方だけじゃ安心して任せられないんだよ」

「大丈夫だよ。何もなくても連絡入れるし…颯こそ、ちゃんとご飯食べるんだよ?」



何でもそつなくこなしてしまう弟の器用さは知りながらも、いつも炊事は私がやるので少しだけ心配になる。
それなりに料理は作れはするのに、この子ときたら自分からはあまり作りたがらないのだ。

なんでも、私ほど上手く作れないから…というのが理由らしい。普段から手伝いはしても仕込みから始めることは絶対にしない。
自分の作った料理を美味しいと言ってもらえるのは嬉しいけれど、それが弟のやる気を削るとなればそれはそれで複雑なもので。



「…まぁ、姉ちゃんいないなら仕方ないし。何かしら作って食べるよ」

「絶対よ?」

「ん。その代わり、帰ったらオレの好きなもの作って」

「うん、解った。約束ね」



指切りに軽く絡ませた小指を離して、ずり落ちかけたバッグを肩にかけ直しながらそれじゃあ、と手を振る。



「行ってきます」

「うん、行ってらっしゃい」



滅多に起伏しない表情を微かに弛めて手を振り返してくれた颯に、一度笑顔を向けてから踵を返した。



料理部の合宿というと、主たる目的は部員同士のより深い交流、レクリエーションにある。
大概が山か海という辺地になるので、室内に籠りがちの部活動とは打って変わった雰囲気を味わい、普段より身体を動かしながら気兼ねなく遊ぶことができる。
最終日には野外でバーベキューということで、計画を発表した段階で部員全員がかなり盛り上がっていたのも記憶に新しい。
楽しくなればいいなぁ…と真っ青な空を仰ぎながら、じわじわと額に浮かんでくる汗をハンドタオルで拭っていると、不意にある事柄を思い出した。



(そういえば…テツヤくんも合宿あるって言ってたな…)



誠凛のバスケ部は、I・Hでの雪辱を冬に懸けているのだと聞いた。

大会のルール等は、やはりというか私にはよく分かってはいない。
けれど絶対に勝ちたい相手がいると、日本一を目指すと口にしていた彼を思い出して、バッグの紐を握る手に自然と力が入った。

彼らの合宿となると私達とは主旨も態度も異なる、とても重要な強化合宿なのだろう。
一日中身体を鍛えてバスケに打ち込んでを、繰り返す。好きでなければ到底耐えられないだろう日々。



(でも)



頑張るんだろうな、と。どこまでも真っ直ぐに透き通った眼差しを思い出して、頬を緩める。
彼も、彼の仲間も、きっと。彼方くんも認めるような人達だから、その覚悟は決して揺らがないのだろうと。

考えていたらきゅう、と胸が絞まって、それを誤魔化すように歩く速度が僅かに上がった。



「日本一…か」



勝ってほしいな。

その座を目指して邁進しているチームは、誠凛だけではない。解っているけれど。
それでも、大切な人が全てを懸けて進むなら、どうしてもその勝利を強く強く、願ってしまうのだ。






そして急転




「と、いうわけで。今年の料理部合宿はバスケ部と同じ民宿だ!」

「……へっ?」



あっけらかんと言い放たれたその言葉に、固まってしまったのは私一人だった。
他の部員は既に遊びを考えるのに夢中で、その他の事柄にはわりと無関心らしい。
バスケ部と宿が被ったと聞いても、ああそうなんだー、くらいの反応しか返さない。

どう考えても部長の独断。特権を強引に使ったやり方に、今更異議を唱えるような部員は存在しなかった。
つまりそれだけ日頃から、彼方くんは妙なところで暴君だということなのだけれど。

でも、それにしたってもっと先に言っておくことじゃないの…!?



「彼方くん!? 私聞いてないんだけど…!」

「そりゃなー、今言ったし。あとオレとお前は緊急ヘルパーだから、働くぞ!」

「はい!? 緊急ヘルパー? って、一体何の…」



わけも解らず混乱する私の両肩が、唐突にがしり、と掴まれる。
勿論その犯人はと言えば今日も絶好調に横暴な幼馴染みなわけだが。



「オレ、マネージメント。お前、料理監修。これ決定事項なり」

「っ…は……い、意味が解らないよ…?」

「あ、ちなみにオレらは勝手に働くけど、お前らは自由時間はやり過ぎない程度に遊んでいいからなー」

「りょーかいでーす!」

「部長も白雲ちゃんもガンバー!」

「えええ……」



自分に火の粉が飛んでこなければそれでいい、と言いたげな部員達の爽やかな笑顔に、軽く裏切られたような気分を味わう。
交流を深めなくても、既に充分統率されているのでは。

別に手伝いは構わないのだけれども…料理担当ではなく監修という言葉がどこか妙に引っ掛かったまま、私は彼方くんに引き摺られていくことになるのだった。



(チーッス)
(は?…って櫛木くん!? 何でここにいるのよ!?)
(あー! 白雲ちゃんもいるー!)
(いや何、風の噂でバスケ部の胃の危機と聞いてな。木吉が腹を壊すのを知って、知らぬ振りができるオレじゃない…ということでこの合宿中は調理場監修つけてやるから感謝しろ、野郎共)
(なっ! 失礼な…)
(櫛木お前は神か!!)
(ありがとう! ありがとう櫛木!!)
(不安が減ったー!!)
(……えっ、と、相田先輩? 大丈夫ですか…?)
(…何よ…私だって、少しはマシに…)
(ええと…あの、よろしくお願いします。この前迷惑かけてしまった分も、頑張って働きますから…!)
(…まぁ、いいわ。せっかく来てくれたんだもの。この際好意には甘える! こちらこそよろしくね!)
(はい! よろしくお願いしま…す…あ、れ?)
(あ? どうしたなつる)
(あれ、倒れてるのって…ちょっ、テツヤくん! 生きてる…!?)
(……なつる、さん…?)
(だ、大丈夫? 熱中症とか? とりあえず水分補給…)
(あー、そいつバテてるだけだから大丈夫だぜ)
(え、あ、本当に? よかっ…)
(なつるさんの幻覚が見えます…)
(本物だけど本当に大丈夫!?)
20121005.

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