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「大丈夫ですか?」

「大丈夫…です……」

「…なつるさんの言葉がこんなに信用ならないのは初めてかもしれません」

「うっ…そ、そんなことな…いいっ!」

「…やっぱり颯くんが帰ってくるまで居ましょうか」

「い、だ、駄目だよ、そこまで迷惑かけられないから…!」



傍らに人がいるとは言え、雷鳴の真っ只中帰路につくという行為は、完全に私の勇気をへし折ってくれた。
半ばテツヤくんの腕にしがみつくようにして漸く辿り着いた我が家の玄関で、少しだけ平静を取り戻しながら送ってくれた彼に頭を下げたところ、物凄く分かりやすく心配です、といった顔で見つめられてしまう。

それはまぁ、当然だろうとは思う。
雷ごときにここまで怯える人間も今時珍しいだろうし、パニックで会話が成り立たないわ、進む足取りは覚束無いわ、雷鳴が響けば座り込みそうになるわ…散々な状態を見られてしまえば、優しい彼が気にしないわけもない。

それは解るのだけれど、あからさまに心配されると申し訳ないやら恥ずかしいやら居たたまれないやらで、未だ通常時ほど情報整理できない私の脳がぐるぐると目まぐるしく回るのだ。

ああもう本当に、情けない。



「だ、大丈夫! 颯が帰るまでは毛布にもぐるから!」

「…それ、大丈夫じゃない気がするんですけど」

「気のせいだよ…!」



こんなに取り乱したところなんて長々と晒したくはない。
とにかく大丈夫だからと彼の腕を押せば、納得していない表情でありながらも分かりました、と頷いてテツヤくんは扉に手を掛ける。



「それじゃあ、お邪魔しまし…」



た、まで言い終えたのか、言い終えなかったのかは判らなかった。
ただ、開いた扉の向こうで光った稲光に頭の中が真っ白になって、気づけば身体が勝手に動いていて。

地響きのような轟音が鳴りやむ頃には、強張った腕が犇と彼の腕に巻き付いてしまっていた。



「…う、あ……っ」

「……やっぱり、残りますね」

「ご、ごっ…ごめ…っ」



指先まで震える手をどうにか彼から離れさせようと、半泣きで必死に落ち着け落ち着けと呟き続ける私に、苦笑に近い笑みを浮かべた彼の手が伸びてくる。

恐怖に占拠された頭の片隅で、何をするのだろう、という疑問が過った。
けれど、彼の行動に不安が芽生えたわけでは勿論なくて。



「謝ることなんてありませんよ」



穏やかな手は慰めるように頭を撫でて、そこから下ったかと思うと緊張を解かせるように、首から腰より少し上を緩やかに行ったり来たりする。
制服越しにじわじわと伝わってくる体温は程好く暖かくて、速まっていた呼吸が少しずつ深いものへと変わっていく。

さすが対応が早い…というか、的確過ぎる。
ぐずぐずと恐怖心が溶けだせば今度はなんだかその感覚が心地好くて、違う意味で身体から力が抜けそうな気分になった。



「落ち着きましたか」

「う、ん…」



落ち着いたを通り越して、頭の中がふわふわし始めてしまったのだけれど。
喉や耳を弄られて喜ぶ猫の気持ちが解った気がする。人の手って、凄い。

ふやけた思考のままゆっくりと身体を離すと、仕上げとばかりに頭をもう一度撫でられて、ほう、と溜息が出た。
そしてぼんやりしながらも一応脳を回転させて、軽く目を覚ましてはっとする。



「あっ…ご、ごめんね…本当に」

「気にしないでください。ボクとしては、頼ってもらえて嬉しいくらいですから」

「…嬉しい?」



迷惑じゃない、とは、彼なら言うだろうとは予測できたけれど、さすがに嬉しがられるとは思えない。
首を傾げる私に小さく笑みを溢した彼は、それ以上詳しく語る気はなさそうで。

それでも嘘ではなさそうだと、その目を見れば解るから、今日のところはその好意に甘えてもいいかと自分を甘やかした。




染み込む温度



(なんだか本当に…情けないところばっかりテツヤくんには見られてる気がする…)
(そんなことないですよ)
(なくないですよ…)
20121003.

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