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「ご迷惑を、お掛けしました…」



深々と頭を下げる私に、バスケ部の面々は気にしなくていい、と優しい言葉を返してくれる。
情けないことに結局一人で帰る勇気は保たず、彼らの練習風景に注目することでなんとか雷鳴から意識を逸らすことに成功した私は、練習が終わり彼らが着替えに向かうほんの数分も、生徒であり監督も勤めているという相田先輩の傍にぴったりとくっついていた。

もう、本当に自分が情けない…。
あまりの羞恥心に下げた頭を上げられないでいれば、ぽん、と肩に掛かった重みに一瞬動揺する。



「誰だって苦手なもんはあるさ。邪魔したわけじゃないんだ、気にするな」



大きな手に肩を叩かれて、驚きのままについ目線を上げれば、随分と遠い位置に朗らかな笑顔がある。
確かこの人が彼方くんのお気に入りだったな…と、わりとどうでもいいことが頭を過った。



「そうよ! 寧ろ、細々とした手伝い助かったわ。ありがとう」

「い、いえっ…本当に、小さなことしかお手伝いしてませんし…気が紛れて助かったのは、私の方というか」

「そーんな畏まることないって! 勝手に連れてきたのオレだし! な、水戸部」

「……」

「ほ、本当にすみません。ありがとうございます…」



穏やかな笑顔を浮かべている水戸部先輩にも押されて、少しだけ罪悪感らしきものは減ったかもしれない。
バスケ部の方々は本当に心根がいい人ばかりで、彼に似合いの雰囲気だな、と改めて思った。



「なつるさん」

「あ、く…テツヤくん」

「待たせてすみません。片付け終わったので、家まで送ります」



呼ばれた名前に振り返ると、ラフな練習着から制服に着替え、体育館へと帰ってきた黒子くん改めテツヤくんがいた。
部の面々が接し難いということはないけれど、やっぱり親しい人が傍に来てくれると安心する。

こちらこそ迷惑をかけてごめんね、と軽く頭を下げると、いつも真っ直ぐな瞳が僅かに緩まる。



「気にしないでください。迷惑だなんて思いませんから」

「…ありがとう」

「はい」



ほんの少しだけ柔らかく弛む表情に、つられて私の頬も弛む。
彼の気遣いはいつだって心地いいから、つい甘えてしまう。



「あのー…ちょっと、いい?」

「はい?」



思わず二人して和んでいるところ、掛けられた声に振り向いた私の目に写ったのは、不可思議なものを見るような表情の集まりだった。

意図せず震えた肩には、気づかれずに済んだだろうか。
先輩方や顔くらいしか知らない同級生の面々にじっと注目されて、一瞬でまた緊張が戻ってくる。



「な、何か…?」

「いや、その…二人って付き合ってる、とか?」

「…へ…?」



何か妙な行動でも取ってしまっただろうかと、考え始めようとしていた脳が一時的にフリーズする。

付き合ってる?



(二人…?)



理解が追い付かないままにその視線の示す先を辿ると、すぐ前まで合わせていた瞳とぶつかる。
それをぱちり、と瞬かせた彼が首を傾げるのは、私がその意味に気付いて言葉を失った時だった。



「付き合ってはいませんけど」

「………!」

「でも何か、前より親しげだよなー。名前で呼び合ってるし」

「え、あっ…ち、違っ!」

「過ごす時間が長くなれば親しくなるのも当たり前だと思います」

「怪しいな…」

「ああ、怪しい」

「黒子…お前、裏切ったのか…」



後ろめたいことは何もないとでも言うように、テツヤくんがはっきりと言い切っても場の空気は何故か沈んでいく。
原因の一端となれば私も黙っているわけにはいかず、誤解を解くために必死に首を振った。



「あ、あ…あの、本当に、そんなんじゃないんです。本当に…まだそういうのは私には早いですし、テツヤくんだって私なんかとそんな…とにかく、ないですっ!」

「…そこまではっきり言われると少し困りますけど」

「えっ? あ、え? ごめんなさ…え?」

「とりあえず、仲は良いと思いますけど付き合ってません。お疲れさまでした」

「え!?」

「あっまた! 逃げるな黒子ォ!!」



ぐい、と引かれた腕に絡まりそうになる足を立て直して、促されるままに速足になれば、背後から彼に向けて掛かる複数の不満の声。
いいのかな、と気にはなるものの、テツヤくん自身は慣れているのか、私の前を歩くその背中はどこか飄々としているようにも見えて。

それがなんだか少し子供っぽくて、笑みを殺しながら私は一人、軽く振り向いて謝罪と感謝を込めてお辞儀をしておいた。







誤解に一礼




「練習凄いんだね、やっぱり。皆あんなにハードなメニューこなしてて…吃驚した」

「そうですね。基礎練は大分きついです」

「でも、テツヤくんの気持ちが少し解ったかもしれない。人一倍好きだから、あんなに頑張れるんだろうね」

「誠凛の面々は特に…そういう思いが強いですね」

「うん…格好いいね」



好きなものに必死に、一生懸命になれる。どこまでも足掻き通せる姿は、男らしくて。
素敵だなぁ、と呟いた瞬間、立ち止まった彼に手を離された。



「…え?」

「…あまり、そういう言葉は男に向かって使わない方がいいです」

「? テツヤく…」



何かまずいことを言ってしまっただろうかと、横に並んで覗き込んだ私の目に、困り顔を赤らめた彼が写る。
そうして漸く自分の口にした言葉を振り返って、次の瞬間気まずさにかぁっと熱が上がった。



「ご、ごめん…あの‥」

「いえ…言葉自体は、嬉しいんですけど」

「う、うん…口がね、つい、ポロっと…思ったことそのまま…」



軽く沸騰した脳では言葉が上手く纏まらない。
思わず頭を抱えそうになる私に、テツヤくんの方は少し笑ってもう一度その手を差し出してくれた。



「帰りましょう。また座り込んでも困りますから、掴まっててください」

「……うん。ありがとう」

「いいえ、こちらこそ」



何が“こちらこそ”なのか、その意味は解らなかったけれど、重ね直した掌の大きさにドキリと胸が鳴く。
怖いはずの雷よりも、少し固い皮膚の感触や熱、自分の動悸に感覚を支配されて、世界が狭まるのを感じた。



(あ)
(え?)
(傘を差すとこのままだと濡れますね、手)
(あ…そっか。えっと、じゃあやっぱり離した方が…)
(…一つの傘なら問題ないですかね)
(え?…で、でも、大丈夫? 誰かに見られたら誤解されたりとか…)
(手を繋いでる時点でそれは手遅れじゃないですか?)
(…あ)
(どっちにしろ、です。だったらボクはなつるさんが怖くない方を取りますよ)
(う…な、何から何まで本当にごめんね…)
(やりたくてやっているんですから。気にしないでください)
(本当に、ありがとうテツヤくん…)
20120930.

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