incidental | ナノ


小さな悩みに付きまとわれながらもなんとか越えた期末試験の手応えは、今までの試験の中で一番感じられたかもしれない。
その結果に安堵しながら、私は無事に高校初めての終業式の日を終わらせた。

終わらせは、したのだけれど。



(…まずい、かも)



夏という季節は得てして、気候が荒れやすい。
委員会担当の教員の頼みを断れず、今日もまた保健室に一人残って雑務を手伝っていた私は、ゴロゴロと唸りを上げ始めた濁った雲の壁を窓越しに見つめて眉を顰める。

朝から確認した天気予報に従い、傘なら持ってきている。
雨が降る場合に限っては、別に構わないのだけれど。



(どうしよう…今日は颯、帰りが遅いし…)



頼みの綱といえば、あとは歩ちゃんか、彼方くんくらいしかいない。
しかし今日は料理部の活動は無かった。ということは、彼方くんには期待できない。
そして歩ちゃんに限っては帰り道が異なる。彼女は部活で残っているかもしれないけれど、さすがに迷惑はかけられなかった。



「よし、片付いた。いつもごめんね白雲さん、助かったわ」

「え? あ、いえ。これくらいのお手伝いなら、いつでもできますから」

「そう言ってくれるから本当に助かる! 明日から夏休み、満喫してね」



でも課題は忘れちゃ駄目よ?、と茶化す先生に笑顔で頷いて、整理したファイルを棚に戻してからソファーに置きっぱなしだった鞄を手に取った。



「それじゃあ、失礼します」



また新学期に、と手を挙げる先生に頭を下げて、保健室を出た私は扉を閉めた瞬間に直ぐ様足を動かした。

早く、帰ろう。できる限り早く。
時間に伴わない薄暗い廊下を、足早に靴箱へと向かう。

こんな時、家の玄関に繋がるドアがあればどんなにいいだろうかと思う。
もしくは、ベッドの中にワープできたら。
そんな馬鹿みたいなことを考えるくらいには、思考は余裕をなくしていた。

ゴロゴロ、ゴロゴロと、室内にいるにも関わらず大きくなってゆくその音に、ぶるりと肩が震えた。



「早く、帰らなくちゃ…」



帰ったところで、一人だけれど。

考えなければいいのに、自分の中の冷静な部分の呟きに耳を傾けて、気分は更に沈んでいく。
どうしようもないのに、どうしよう、と唇から漏れだした。

どうしよう。怖い。



(駄目…帰らなくちゃ…駄目…)



でも、だけど、怖い。

遠くで光った稲光に、遅れて響く雷鳴に、どくり、と心臓が縮こまる。
思考を恐怖が埋め始めた時、タイミング悪く鋭い光が走った。



「っ!」



間髪入れずにドオォ、と響いた轟音に、身体が一瞬だけ完全に凍り付いた。



「ひ、ぇ…」



そしてすぐに、余りの恐怖に力が抜けてその場に蹲みこむ。
もう既に、理性もへったくれもなかった。心臓は縮んで、ばくばくと早鐘を打つ。

とにかく現状に耐えきれず半泣きになった私を救ったのは、近くの階段から駆け降りてきていた男子生徒の、少しだけ聞き覚えのある明るい声だった。



「ふんふ〜ん‥ん? え、ちょ、どうした!? 具合でも悪い!?」

「ふ、え…」

「笛っ!? じゃ、ないよな…って、あれ? 黒子と喋ってた料理部の?」



大丈夫か!?、と焦った調子で駆け寄ってきてくれたその人は、いつか差し入れを喜んでくれた一員の一人だった。



「う、あ…ば、バスケ部の…先輩…ですよ、ね」

「そうだけど、うわ…真っ青じゃん! どっか痛いとか? 保健室連れてく?」

「い、え…その…っひ!」

「ひ?」



再び窓の外で光った稲妻にびくりと身体を引き攣らせれば、それを見て納得したらしいその先輩はもしかして、と呟いた。



「雷…?」

「す、すみません…あの、私は大丈夫なので、お気になさらず…っ」



実際は全く大丈夫じゃなかったが、バスケ部だというならまだ練習があるだろう。
それだけはなんとか考え付いて、邪魔をするわけにはいかないと手を振ったのだけれど。

その先輩はうーん、と顎に手を当てて天井を仰いだかと思うと、私の腕を掴んで勢いよく引き上げた。



「っ、わ…」

「見つけちゃったらほっとけないし、とりあえず一緒に体育館行くか!」

「っへ!?」

「オレら煩いからさー。雷の音も気になんないよきっと! 黒子もいるから安心だし!」



すたこらと歩き出したその人に引きずられて、わけも分からないまま行き先を変更されてしまった。
あ、オレ小金井慎二ね!、と笑顔で自己紹介されれば、こちらも返さないわけにはいかず。



「白雲なつるです…」

「よし! じゃあ白雲ちゃんをバスケ部見学にごしょーたーい!」



混乱する頭ではどんなツッコミを入れていいものかも判らず、私はなされるがまま足を進めることしかできなかった。






天敵の放課後




そして辿り着いた体育館、注目を集めてしまうことになるのだが。



(たっだいまー! あと拾い物ー!)
(遅ぇぞコガァ!)
(拾い物? って…は?)
(アンタは何女子拐って来とんじゃーい!!)
(ンギャッ! ちがうちがう! マジで拾ったの! 廊下で動けなくなってたからー!!)
(はぁ!?)


(なつるさん? どうしたんですか? 何か‥)
(くろ、っテツヤくん…あの、あうっ!)
(……)
(う、わ…っ、)
(…雷が怖いんですか?)
(ご、ごめんなさっ…邪魔したく、ないんだけどっ……うぁ、やっぱり、駄目…)
(部活…終わった後に送りましょうか。今日は早めに終わりますし)
(そんな、悪い…っひゃ! ふ、ぅ…ご、ごめん…なさい)
(大丈夫ですよ。気にしないでください)
20120924.

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