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握り締められた手に反応して、その細い肩がびくりと跳ねる。
朱に染まった頬は確かに羞恥が原因で、落ち着きなくさ迷う瞳が時たま、ボクをとらえては逸らされていった。



「え、え、っと…何で、黒子くんがここに? と、いうか、その、寝顔…み、見た、よね…?」

「颯くんと校門で鉢合わせて…なつるさんから返信が来ないと心配していたので、ボクが代わりに探しに」



と、いうのは建前だが。多分口にしなくても彼女なら気づいているだろう。
避け続けたということは、逆に考えればボクが追い続けていたことも、知っているということだ。



「それから、寝顔はそんなに長く見てません。ちょうど今来たところです」



これは、少しばかり嘘になるだろうか。

そうは思うも、あまり彼女を混乱させ過ぎるのもどうかと思い、事実は伏せておくことにした。
もう少しの間眺めていたかったという、本音と共に。



「そ、そう……」



ボクの返答にぎこちなく頷くと、どうしようもなさそうに目蓋を伏せる。
徐々に俯いていく彼女の視線が、ついに合わなくなった。



「あの、ごめんね。わざわざ…見苦しいものまで、見せて……」

「…寧ろ、見てしまったボクが謝ることだと思うんですが。それに…可愛いと思いましたし」

「え、え…? や、そういうフォローはいい、よ。恥ずかしいしっ…」

「冗談は苦手だと言いました」

「うっ……あ、の、でも、うう…」



空いた片手がふらふらと挙がり、降参とでも言うように掌を向けてくる。
ふわりとした髪の間から覗く耳は真っ赤で、つい、状況も忘れて頬が弛んだ。



「なつるさん、顔を上げてくれませんか」

「むっ…無理、です……私、ただでさえどんな顔していいか、分からないのに…」

「別に作らなくていいですから」

「もっと恥ずかしいよ…」



蚊の鳴くような頼りない声でも、話し掛ければ返ってくる。
ボクの手の下で小さく握られる拳を、包み込んでしまいたいような衝動に駆られた。



「………あの…ね。私、黒子くんに、謝らなくちゃいけないと思って…」

「はい」

「あんな、知ったかぶりで口出しして、すごく自分が恥ずかしくて…黒子くんのこと、全部知ってるわけでもないのにでしゃばっちゃって…申し訳なくって」

「…はい」

「不快に、させてたらどうしようって…黒子くん、優しいから、思ってもきっと私には言わないだろうから…それがまた、不安になって。顔、合わせにくくて…」



ああ、何だ。同じだ。

所々、つっかえながら紡がれる言葉は優しくて、未だ緊張していた身体の芯が弛んでいく。

不快にさせたのかもしれないと、悩んでいたのは彼女も同じだった。
ただそれだけのことだ。ただそれだけのことでも、安堵に満たされる肺が、呼吸を妨げる。



「しかも、私、あろうことか、黒子くんの頭とか、抱き締めちゃったりしてたし、もう……本当、ごめんなさい…」



殊更深く頭を下げる彼女に、弛みきった顔を見られなくてよかった。



「そんなこと、気にもしてなかったです」

「っ、え」

「ボクのことを考えて言ってくれたのは解りますから。抱き締めたと言うほど、強引でもなかったですし」



後者についてはされるがままになっていた部分の方が強い。
不快に思うなんてあり得なくて、寧ろあの時僅かに感じた体温には、混沌とした思考を少しだけ和らげられさえしたくらいだ。



「寧ろボクは、お礼を言う立場だと思いますよ」

「! そっ、それはいくらなんでもないよ! 私何もできてないしっ…」

「でも、心配して駆けつけてくれたんですよね。わざわざ」

「そ、れは…でも、本当に私、何の役にも立ててないから…お礼は、言わないでほしい、な」



慌てて上げられた視線が漸くしっかり絡んで、それでもまだ迷うように揺れる。
上気したままの頬が、自分にまで伝染してきそうな気がした。



「本当に…ごめんね、黒子くん。避けちゃったりして…」

「もう謝らないでください」



じゃないと、こちらも無理矢理お礼を言います。

そう返せば、う、と声を詰まらせるなつるさんがおかしくて、ついつい笑みが溢れる。
そんなボクを見返す彼女の表情は困りきったもので、またそれがなんだか可愛らしく思えてしまう自分がいた。







薄皮二枚分の距離




「でも本当…申し訳なさと恥ずかしさでどうしていいか分からなくて、余計に酷い態度とっちゃうとか‥救いようがないよね……」

「まだ気になりますか」

「うう…だって、本当に申し訳ないと思って…」



保健室の施錠を済ませて帰り支度をした彼女と、靴箱への廊下を歩きながらぶり返した会話内容に内心おかしくなる。
そして瞬間、ふと思い付いた良案に、隣を歩く彼女を振り返った。



「じゃあ、申し訳ない分名前で呼んでください」

「え…」

「また戻ってますよね、呼び方。これを機に定着させてください」

「え…っええ、と…」

「呼び間違えた時に罰ゲームでもすれば、染み着きますかね」



少し、意地が悪いかもしれない。
しかしこれに関しては、前々から気になっていたので譲る気はない。



「えええ、ちょっと待って、黒子く‥」

「罰ゲーム、何にしましょうか」

「うっ…ほ、本気ですか…」

「冗談は言いませんよ」



さて、何をしたら効果があるだろうかと顎に手をあてるボクを見上げる、なつるさんの表情は弱々しい。



「お、お手柔らかに…お願いします…」



白色灯に照らされた頬は微かに赤くて、湧き上がってくるもう少しだけ困らせてみたくなる衝動を、胸の底に隠し込んだ。



(早く慣れられるといいですね)
(それ、答えになってないよ…っ)
20120917.

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