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I・H予選で桐皇に敗れて、二週間近くが経った。
漸く自分や周囲が開けて見えて、新しい仲間と共に目標を建て直すこともできた。けれど。

あの日、予選敗退が決した日から、これまでずっと日常を照らし合わせるように接していた彼女の顔を、見ることはなかった。









「何か黒子、まだ微妙っぽいな」

「すみません…」

「バスケに関しては吹っ切れたっぽいけどな…何かあったのか?」

「いえ…」



部活を終えて着替え終わる頃、近くにいた伊月先輩に声を掛けられた。
訊ねられた疑問に軽くぎくりとしながらも流そうとして、ふと思い止まる。

たまには人に相談してみてもいいかもしれない、と。
バスケに関してなら自分の壁は自分で壊すしかないけれど、プライベートなことなら、少しくらいは誰かの意見を聞くというのも解決への糸口になるかもしれない。



「…その、今まで仲の良かった人に避けられたりしたら、先輩ならどうしますか」

「へ?」



いつもならこんなことを訊ねたりしないボクが、話に乗ったのが意外だったのだと思う。
一瞬呆気に取られたようにぽかんとした顔になった先輩は、それでもすぐに持ち直して首を傾げてきた。



「誰かに避けられてるのか?」

「はい…多分、避けられてます」



気配を殺して近付けば、大抵の人には逃げられない。
彼女のクラスも行動範囲も分かっているのにこの二週間近く一度も顔を見ていないというのは、偶然と呼ぶには異常過ぎことは既に解っている。

考えたくはなかったけれど、そろそろ考えずにはいられない。
確実に彼女、なつるさんは、ボクの行動を読んで避け続けているのだと。



「…黒子相手に? 凄いな」

「…多分、コート内にいたら強敵です」

「ははっ、確かに。でもなぁ、避けられてるっていうなら、何か原因があったんじゃないか?」

「それは、考えてみましたけど…」



何らかの切っ掛けがあったはずだ。おそらくは、あの日だと思う。
自分の無力さに打ちのめされて、やり場の無い悔しさと悲しさに、一人で浸っていたあの日。

彼女は、ボク自身よりもボクのことを知っていた。
知っていて、多分、助けられなかったことを謝ってくれたのだと思う。そんな義理はないのに。
何の関係もないのに、とは彼女も口にしたことだった。
そう、何の関係もない。だけれど彼女は何故か罪悪感を感じて、勝手に落ち込んでいるボクを悲しんだ。

情けなかったと、自分でも思う。
でも、多分彼女はそうは思わない。おそらくそれは避けられる理由にはならない。
だからこそ何が悪かったのか、思い付かないのだけれど。



「何か不快にさせることをしたのか、考えるんですが…出てこなくて」



彼女は狭量な人ではないから、余計に分からない。
自然と溢れそうになる溜息を飲み込むと、僅かな時間考えるように宙を睨んだ先輩が人差し指を立てた。



「逆ってのは、考えられないか?」

「逆…?」

「黒子が何かしたからじゃなくて、相手が何かしでかしたと思って顔を合わせづらいとかさ。黒子が気にしてなくても、気にされてることはあるかもしれないぞ」

「ボクが気にしてないこと…ですか」



それならやはり、罪悪感から、とかだろうか。
気にしてないことを気にされているとしたら、考えるのは更に難しくなる。

伊月先輩の意見は確かにありそうで、それでも解決には至りそうになかった。



「まぁ、そこら辺は本人にしか分からないからなー…期末が終われば夏休みに入るし、できるだけ早く解決すると良いな」

「あ…はい。そうですね」



力になれなくて悪いな、と苦笑する先輩に、ありがとうございますとだけ返して荷物を纏めた。

そうだ。夏休みに入ればまた部活動が忙しくなるし、学校でも会えない。今になって気づいたが、ボクは彼女の連絡先すら知らなかった。
家は知っていても、突然訪ねるなんてこともできるはずがない。

いつの間にか、ボクは彼女と顔を合わせるのが当たり前のように思っていた節があった。
クラスも部活も委員会も、何一つ共通点がないのにも関わらず、だ。



(これは、何だろう)



夏が来る。まだ、暑い季節だ。
なのに胸の辺りを風がすり抜けていくような、物悲しさがある。

認めたら、どうしようもなくなるものが。



「あ、」

「、え?」



もやもやとした気持ちを抱えたまま帰宅準備を済ませて部室を出て、特に用事もないのでそのまま校門へと向かう。
その時、ちょうど門を潜ろうとしたところで小さな声が耳に入った。

つられるように顔を上げれば、門に寄りかかるようにして携帯を片手にこちらを見つめる、見覚えのある男子中学生が。



「颯くん」

「どうも…黒子さん、部活帰りですか」



そこにいたのは、たった今考えていた人物と深い関わりを持つ彼だった。



「颯くんは迎えですか」



相変わらず、すぐにボクに気付く目には驚かされる。
そういうところが彼女に似ているな、と思った瞬間にまた、微妙な息苦しさを覚えた。



「なんですけど、返事がこなくて…確か今日は委員の仕事するって言ってたし、そんなに時間はかからないはずなんだけど…」



心配げに携帯に視線を落とす彼の姿を見ていて、唐突にはっ、と思い付いた。
これはチャンスかもしれない、と。

彼女に避けられる理由は未だ分からないままではあるけれど、このまま逃げ続けられるのは避けたい。
部活が終わったこの時間なら比較的ガードは緩んでいるはずだし、彼女を探す明確な理由があれば、逃がさずにすむのではないだろうか。

やり方は若干卑怯かもしれない。
けれど、形振り構っていられるだけの余裕は、正直言ってもう無かった。



「よかったら、ボクが探してきましょうか」



喧嘩なら、どちらかが謝ればいい。そこで確実に決着がつく。
避けられては、言葉すら交わせないのだ。

いい加減状況には耐え兼ねていて、どんな手段を使ってもいいから、とにかく彼女と一度顔を合わせなければ何も始まらない。
そう思って口にした提案に、颯くんは表情を変えずに少しだけ間を置いて、訊ね返してきた。



「いいんですか? さすがに勝手にうろつきにくいんで、オレは助かりますけど」

「はい、ボクも彼女に用があったので」

「……まぁ、なら、お願いします」



何の用かを聞き返さない彼は、何か知っているのかもしれない。けれど、知っていても知らなくても、そんなことは関係がない。

颯くんの頼みに一つ頷いて、数時間前に出てきた校舎へと足の向きを変えた。









出口からの引き返し




笑ってくれるとは、限らないけれど。
20120914.

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