夏休みまで、あと一ヶ月と少し。
運動部とは違って休み中の部活動に積極的ではない料理部は、特に何かを追いかけたりすることもなく穏やかに日々を過ごしていた。
「で、何でお前そんな元気無いの」
「え?」
休み期間中積極的ではないとはいえ丸っきり活動しないというわけでもないので、やることが全く無いというわけでもない。
殆ど交流会のようなノリではあるけれど一応合宿と名目した行事はあるし、料理部故にその都度日々のメニューにも拘る。
無計画に事を進めるわけにもいかないので、栄養バランスや財布事情まで考えて一日一日の献立を組む必要があるのだ。
しかしそれを部長一人に任せるというのはかなり荷が重いし、女子好みのメニューも取り入れなければ部員から不満の声も上がる。
そこで部長である彼方くんに意見を伝えられる私が、部員代表で献立決めに参加することになった。部活動の方は副部長が纏めてくれるので、こちらも安心して献立に没頭できる。
因みに今もその作業の最中で、他の部員や副部長達が楽しげに談笑しながら調理をする中、私と彼方くんは家庭科室の隅でルーズリーフを広げながらひたすら黙々とメニューや材料を提示し合い、栄養価を計算しながら書き出しているところだ。
そんな中で不意に投げ掛けられた疑問に、私のシャープペンを持つ手が止まる。
「元気、なくないと思うけど…」
「誤魔化そうったってそーはいかねぇ。さてはアレか。中間テストの結果が悪かったとか」
「一応8位だったけど…」
「お前ふざけんな馬鹿この秀才が!」
「いっ!…ふぁい…」
ぐに、と引っ張られた両頬が地味に痛い。
それなりにちゃんと勉強してその順位なのに、怒られても困る。
私の頬を好き勝手に引っ張りまくる彼方くんの腕をぺしぺしと叩いて抗議すれば、むすっと顔を顰めたままではあったけれど、なんとか解放してもらえた。
というか、別に彼方くんだって頭悪くないのに…勉強しないだけで。
勉強が嫌いだと喚くわりに30位辺りを彷徨いている彼の方がよっぽど賢いはずなのに、この仕打ち…なんとなく釈然としない。
「じゃあ何だよ。何考えてんな辛気くせー顔してるわけ? オラ、聞いてやるから兄ちゃんに話してみろ」
「何って……何かな」
「いやオレが訊いてんだけど?」
ずる、と肩を落として呆れた目を向けてくる幼馴染みに、苦笑しか返せない。
何、とはっきり説明できるほど、私の中身も纏まっているわけでもない。
元気がないと言われれば、理由くらいは思い付きはするけれど。
「なんて言えばいいのか、分かんないんだよねぇ…うまく説明できる気がしなくて…」
「別にうまくなくてもオレが勝手に纏めるけど」
「うーん…」
どうしようか。
彼方くんに話せない話題ではないけれど、躊躇う気持ちがないでもない。
指先でくるくるとペンを回しながら、宙を睨んだ。
私が気にしていることといえば、あれしかない。
(黒子くん…)
顔を合わせる度に、どこか今までと違う空気を纏っている、彼のこと。
バスケ部とは彼方くんも仲が良い方のようだけれど、それは2年に関してのことで後輩のことを挙げてもどうしようもないことは予測がつく。
それに、黒子くんには黒子くんにしか分からない何かが、きっとあるんだと思うし…何も知らない私が首を突っ込んでいいことでもないと思うのだ。
「少し…心配な人がいる、だけ…かな。私に何があるとかじゃないよ」
だから、詳しいことを彼方くんに話すことは諦めた。
私にすら分からない事情で、他を巻き込むのも嫌だったから。
やんわりと、言えないという意思を表に出せば、目の前で肘をついていた彼は仕方なさげに溜息を溢す。
「まぁ、お前に何もないなら、気にはせんがな」
言いながら、それでもきっと芯から気にしないではいられないお人好しの気がある幼馴染みに、私は少しだけ申し訳ない気持ちを抱きながらも笑い返すことしかできなかった。
水面下の悩み解決法を、持ち合わせる立場にはいない。
20120910.
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