「I・H決勝リーグ?」
「はい」
今日はカウンター当番ではなかった黒子くんと図書室で居合わせ、ついつい立ち話をしてしまっていたところに出てきた話題は、彼の所属するバスケ部の試合状況だった。
因みに、図書室ということで隅に移動し声を抑えての会話なのだけれど、いつもながら認識されにくい彼の傍にいると私の印象まで薄れてしまうのか、特に冷ややかな視線などはいただかなかった。
ある意味、影が薄いというのもいいかもしれない…そんなことを考えながら会話を交わしていれば、そういえば、と軽く宙に視線を投げた彼が口にしたのだ。
I・H予選の決勝リーグ進出が決まった、と。
「そっかぁ…頑張ってるんだね。すごい」
黒子くんもレギュラーを務めているらしいバスケ部が強いとは、彼方くんとの会話でも何度か聞かされていた。
まだ新設校ということで、生徒のみでゼロから立ち上げたその部活は、さすがに強豪校とまでは呼べないもののそこそこ秀でた力を持っている、と。
自分のことでもないのによく知っていたところを見ると、彼方くんもバスケ部のことは気に入っているのだと予測がつく。
素直じゃないから、それらしい言葉は絶対に口にしないけれど。
妙なところで不器用な幼馴染みを思い出しながら黒子くんを見つめ直すと、彼は彼で何か考え事でもしているかのように窓の外へと視線を投げていた。
「勝たなきゃいけないんです…どうしても」
く、と僅かに顰められた眉を、ぼんやりと見つめる。
どこか、いつもとは違う雰囲気を纏った彼には気づいている。
何があるのか、何を思っているのかは、私には分からない。彼が話さない以上は知ることはできない、けれど。
(……痛そうな顔)
呟く声に滲んだ覚悟を、聞き逃すほどは私も鈍感ではなくて。
ただ強い相手にぶつかることに緊張している、というわけではないんだろうな…なんて、分かったところで何にもならないことにだけは、よく気がつく。
掛ける言葉は、見つからないのに。
「なつるさんは…応援してくれますか?」
どこか不安を感じ取れるその台詞に、彼らしくないなぁ、と思うのに、不用意なことを口に出す勇気はなく。
結局私は、無難な言葉しか吐き出せそうになかった。
「当たり前だよ。うちの学校のバスケ部だし、何より黒子く‥じゃなかった。テツヤくんがいるのに、応援しないわけないでしょう?」
できるだけ柔らかな笑顔を浮かべて答えれば、ほ、と息を吐く彼も頬を緩める。
少しでも彼の強張った心が解れてくれるなら、いいのだけれど。
関係がない、知れない、何もできない自分が少しだけ歯痒くて、ざわつく胸には気づかないふりをした。
「平日だし、観には行けないけど…応援してるね」
「はい…ありがとうございます、なつるさん」
「ううん」
何もできなくて、ごめんね。
そんなことを口にすれば余計に彼に気を使わせることは解っているから、首を振るに留めた。
私が彼にしてあげられることなんて、殆ど無いから。
(ちょっと、痛い…かな)
無力さに、ぎゅ、と引き絞られる心臓が。
厳しさの抜けきらない黒子くんの横顔を横目に見ながら、私はゆっくりと目蓋を閉じた。
持たない接点そんな顔をしてバスケと向き合っていたところなんて、見たことない。なんて。
知り合って間もない、いつも見ているわけでもない私には、口にできる言葉ではなかった。
20120908.
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