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唐突な提案を断ろうという意思は、二人揃っての説得により敢え無く散った。

クレープ屋の近場にある公園で三人で頬張ったクレープは本当に美味しかったのだけれど、それじゃあ解散しようとなった時に然り気無く歩き出した隣には既に黒子くんがいて、迷惑だろうからと何度断ろうとしても頑として譲ってもらえなかった。
しかもそこに歩ちゃんまで乗っかって送ってもらわないと怒る、だなんて言われたらそれ以上拒めるはずもなく。



「本当に…ごめんなさい」

「謝られることじゃないんですけど…」



なんだか今日は偶然鉢合わせたにも関わらず、随分と黒子くんに迷惑をかけている気がしてしょうがない。
申し訳なさも極まって深く頭を下げると、少しだけ困ったような答えが返ってきた。

確かに私が頼んだわけではないけれど、彼を気に病ませてしまったのも心苦しい。
一人だけ笑顔で去っていった歩ちゃんを、少しだけ恨みたいような気分になった。
もちろん、彼女も彼女で本気で心配してくれているのは知っているから、そんな気持ちも長続きはしないのだけれど。



「とりあえず、行きましょう。送るにしても日が暗くない内の方がいいですから」

「うん…黒子くん、本当に」

「ごめんは無しです」

「うっ…」



先手を取って謝罪を遮られた。
歩き出した彼をそっと見上げると、無表情ながら少しだけ表情が柔らかい。

その顔を見れば、不快に思われていないことは分かるのだけれど…。



「なんだか今日は、黒子くんにお世話になりっぱなしだね…」

「そうでもないですけど…どうしても気になるなら、この間の差し入れのお礼ということでどうですか」

「でも、差し入れはバスケ部全体にだったし…だったらこのお礼は、次はちゃんと黒子くんに向けて差し入れするよ!」

「それは…正直嬉しいですけど。本当に白雲さんが気にすることじゃないですよ」



治安が良くないと聞いて放って帰る方が気になるから、とこちらを気遣わせないような完璧なフォローを入れる彼は、本当に優しいできた人だと思う。



(本当に…もったいない)



こんなに素敵な男の子が目立たないとは、どういうことだろう。
今日も私の歩幅に合わせて隣を歩いてくれている黒子くんは、喋り過ぎるということもなければ口下手というわけでもなく、明る過ぎず暗過ぎず、心地好い存在感を主張してくれているように私には感じる。

一緒にいて嬉しくなれるような、そんな人なのに。
酷い時はクラスメイトにすら存在を認知されていないこともあるというのだから、納得できない。
実を言えば、隠れた名所を見つけたような感覚を抱いたりもして、ちょっとだけ得をしている気分になっていたりするのも本当だけれど。

彼をちゃんと知らない人達に少しの不満も覚えるけれど、誰とでも仲良くする彼を見たらそれはそれで寂しくなるのだろうな…と考えて、そんな自分が少し恥ずかしくなった。



(友達に独占欲って…あんまりよくないよね…)



仲が良い人が増えるというのは良いことなのに、彼のよさを気づいてほしいと思う反面、自分だけが知っていたいとも思う。
こんなこと、今までは考えたことなかったけどなぁ…と、溢れそうになる溜息を飲み込んだ。



「白雲さん?」

「え? う、うん。なに?」



唐突に呼ばれた名前にはっとして彼を見れば、僅かに首を傾げながら見つめられる。



「いえ、ぼうっとしているみたいだったので。…そういえば、学校以外は迎えには来てもらえないんですか」

「あ、弟? うん、遅くなった頃に連絡したら大体は来てくれるけど…まだ明るいのに休日まで頼るのも、ちょっと悪いし」

「弟さんが嫌がるんですか?」

「まさか! 私が勝手にそうしてるだけだよ。颯は遅くなくても迎えに来るって言ってくれるし…でもそんなに弟に頼りきりにはなりたくないから」



たまに用事があって来れない時は、彼方くんにまで私を送るように頼むくらいだし…。

苦笑混じりに溢した言葉に、ぴく、と黒子くんの顔が動いた。



「そういえば…彼方くん?、って誰ですか?」

「え、あれ? 話したことなかったかな…ええと、料理部の部長やってる幼馴染み。櫛木彼方っていう二年生」

「…仲、良いんですか」

「う、ん?…まぁ、仲は良いかな。上はいなくて家は近かったから、昔から本当のお兄ちゃんみたいなものだし」



説明しながら、あれ?、と首を傾げたくなる。

なんだか周囲を取り巻いていた空気が若干ぎこちなくなったように感じて彼を見れば、顎に手を当てた彼は何かを考えるように黙り混んでしまっていた。



「黒子くん…?」

「……白雲さん」

「うん?」

「突然ですけど、名前で呼んでもいいですか?」

「……うん?」



本当に突然だった。
真剣な顔をして振り向いた彼が放った言葉を、思わず反芻しなければ理解できないくらいには。

またどうして唐突に、とぱちぱちと瞬きを繰り返す私から、怒ってはいないのだろうけれど何故か眉を寄せた彼が軽く視線を逸らす。

いつも真っ直ぐに人を見る黒子くんにしては珍しい仕種に小さな驚きを感じていると、彼は僅かに迷うように一度閉じた唇を、ゆっくりと引き剥がした。



「仲の良い人を名前で呼んでいるのが、少し羨ましいです」

「…うん………えっ?」

「呼ばれたいというのはさすがに我儘かと思ったので…せめて呼ぶ方なら、と」

「えう、う…うん…それはその…構わないんだけど…」



羨ましい。
そう口にした彼に、何故だろうか。返す言葉が途切れ途切れになる。

別に、呼び名に拘るつもりはない。けれど改めて名前を呼びたいだなんて言われたら、それなりに動揺してしまって脳の回転がワンテンポ遅れるような感覚がした。



「じゃあ、なつるさん。これからはなつるさんって呼びますね」

「は、はい…」

「…もしかして照れてますか?」

「てっ…照れてるって分かるなら、指摘しないでほしかったかな…」



もう、何なのだろうか。今日の黒子くんは少し意地悪な気がする。
嫌がらせの意地悪ではないけれど、優しさや正直さからくる意地悪に対してどんな反応を返せばいいのか分からなくて、羞恥心に身体中を擽られているような感覚に落ち着きが削られていく。

名前を呼ばれただけだ。何も特別なことはない…はずだ。
だけれどこれから数分間、集まった顔の熱が引くまでは、彼の方には顔を向けられないだろうことは確実だった。








近づく一歩




もっと二人、歩み寄りたいということ。
今知れることは、きっとそれだけ。
20120814.

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