人の好意を無に帰すようなことはできない。
おそらく私が迷っていたのを見ていてキャラ違いの付箋を買ってくれたのであろう黒子くんに、何度もお礼を言っている最中、レジ近くの漫画コーナーにいた歩ちゃんにその光景を見られてしまった。
例のごとく人に気づかれにくい彼と喋っていたことで、最初は私一人で何か呟いているのかと思った、と言いながらけらけらと笑った彼女に悪意はない。
けれど失礼なものは失礼な話なので、彼には小声で謝っておいた。
よくあることですから、と広い心で許してくれた黒子くんだったけれど、普通に彼を見つけられる私としてはなんだか切ない気分にもなる。
その性質があったからこそここまで仲良くもなれたのだろうことも、解ってはいるのだけれど…。
「それでー? 君が例の“黒子くん”だよね?」
「例の?」
「あ、歩ちゃん、あんまり変なことは言わないでね…」
「変なことなんて言わないわよー? 本当のことは言うけど」
お気に入りの玩具を見つけた子供のように、にんまりと笑って黒子くんに一歩近寄る彼女の袖を咄嗟に掴んだ。
彼女に敢えての隠し事をする習慣はないので、彼とのやり取りもそれなりに筒抜けだったりする。
もちろん彼を悪く言うようなことは絶対にしていない。けれど、問題は逆だということで。
感情の起伏が読み取りにくい透き通った彼の瞳がきょとんと瞠られ、私に向けられる。
その読み取りにくい表情が読み取れてしまう所為で、ぐ、と喉奥が詰まるような感覚に襲われた。
そりゃあ、自分が知らない人間に自分のことを語られていたりしたら気になるよね…。
それが私だった場合でも確実に気になるに決まっているので、歩ちゃんの口を塞ぐという手段に出るのも躊躇われる。
(悪口は、ないけど…)
それでも、気まずいものだと思う。
どうしてかは分からないけれど、歩ちゃんの口から語られる私から見た彼というのは、何というか…
「そうそう、優しくて人をよく見てて繊細で紳士的で、たまに茶目っ気もある笑顔が素敵な黒子くん! だ!」
「……え」
「っ、あ、ゆむちゃん…っ」
「全部なつるの口から出てきましたー」
「そ、そっ、それは…そうかもしれないけど……っ本人に、言うことじゃないよ……」
してやったり、といった顔をして笑う彼女に、ぐわっ、と顔に熱が集まる。
私そんなに語ってたっけ…?
語ったかもしれない…小分けにして口にした言葉でも彼女によって纏められてしまうと、なんだかとても恥ずかしい。
多分おそらく、熟れた果実のように真っ赤になってしまっているであろう顔を両手で覆うと、僅かに戸惑うような声が彼から発せられる。
黒子くんだって、こんなこと言われても困るに決まっているのに…。
悪いことを言ったわけではないけれどどうしてか謝りたくなって、ごめんなさい…と口にした謝罪は蚊の鳴くような声になった。
「いえ、あの…謝らなくてもいいです」
「う…はい…」
「それより…今の、本当ですか」
「?…今の、って」
顔を上げる勇気はなかったので視線だけちらりと、指を下ろして上に向ける。
自分の顔が見えないように隠しているのだから、当然彼の顔は見えず、見えても首から下くらいのものだった。
「その…白雲さんのお友達が言っていたことが、本当なのかと」
「あ、私小早川歩ね。さっきのは総合してみたけど全部ホントにこの子が言ってたことよ」
「……そう、ですか」
「く、黒子くんちょっと、待って、反芻しないで…!」
何故だか分からないけれど、彼が何を考えたのか咄嗟に気づいてしまって顔を上げてストップをかける。
どうやら私の予想は当たってしまったらしく、掌で口元を覆い隠していた彼の頬はいつもよりも血色がいいように見えた。
「無理です」
「そ、そこをなんとか…っ」
「無理です。嬉しかったので」
「か、からかってる…?」
「いいえ」
ボクも同じような印象で見ていたので、本当に嬉しいです。
そんなことを恥ずかしげもなく、微笑みながらハッキリと口にしてくれる黒子くんはとても男の子らしくて、熱でも出るんじゃないかと思うくらい頬が火照った。
重なる印象(やだ何この青春…胸キュン)
(歩ちゃんの意地悪…)
(ところで黒子くん、この後お暇ならクレープでも一緒にどーお?)
(ボクも一緒でいいんですか?)
(いいのいいの。ていうか、この子の帰り道若干妙な輩が多いから、よければ送ってあげてくんない?)
(えっ!?)
(そういうことなら…)
(え、待っ‥いいよ黒子くん! 私なんか狙う人いないよ!)
(いますよ。だから駄目です。送ります)
(え、ええ? いないよそんな物好きな人…)
(……やっぱり駄目です。絶対送ります)
(えええ…)
20120813.
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