incidental | ナノ

高校生活にも慣れ始めた、夏が近づくとある日曜。
私は歩ちゃんと共に買い物をしに街まで出てきていた。

私の目的物は一軒寄れば買えるものなので、先に彼女の希望に沿ってウィンドウショッピングを楽しむ。
服や靴、アクセサリー等を二人で見て回って、たまに手頃で気に入ったものはお揃いで買ったりして。

それなりに見て回れた頃に甘いものが食べたいと口にした彼女に、私も同意して少し考える。
道順で行くと、そのまま道を進んで街道に出ると美味しいクレープ屋さんがあったはずだ。
そしてその少し手前に、私の目的地である書店がある。



「あの先のクレープ食べようか」

「お、いいわねクレープ! あそこの美味しいもんねぇ」

「うん、じゃあ先に書店に寄ってもいいかな? すぐに済むと思うから」

「いいに決まってんでしょ。なつるはほんっとに遠慮しいなんだから!」



当然、と頷いてくれる歩ちゃんにありがとうと返すと、額に軽くチョップをくらってしまう。

遠慮してるわけではないし、彼女ならそうやって頷いてくれると解っていての確認なのだけれど。
当たり前のように与えられる優しさが嬉しくてつい頬を緩めると、ほんの少し照れたように顔を赤くした歩ちゃんが話を逸らすように歩き出した。



「誰か好きな作家の新巻でも出たの?」

「ううん、それも確認したいけど…目的は雑貨かな」



目指す書店はわりと大きな店舗で、本のジャンルも富みながら利便性、デザイン性の高い雑貨等も多く取り扱っている。今日はそっちを見てみようと思っていたのだ。

いつもならば蔵書コーナーに一直線な私だけれど、今日は買うと決めているものがあるのでいつもとは店内を巡るルートが変わってくる。



「ほうほう…なーるほど」

「? 何?」

「ズバリ! 目的物は大きめの付箋! でしょ!」

「え」



辿り着いた書店内に足を踏み入れたところで得意気に指を立ててにやりと笑った歩ちゃんに、思わず入口で足を止めてしまった。



「え、え? 何で分かったの…?」



私、買うものについては何にも言っていなかったはずなのに…。

雑貨だって幾種類も、文房具も多く取り扱っている店で、どうして目的物が分かったのだろうと瞬きを繰り返すと、なんだかとても嬉しそうな顔をした彼女は分かるわよー、と歌うように口にする。



「例の黒子くんと、プチ文通続いてるんでしょう?」

「う…うん、まぁ…あれ? それも私言ってない気が…」

「貸し借りした本開いた瞬間に、あんなに分かりやすく嬉しそうにしてるなつるを見て私が気づかないはずないでしょうが!」

「そ、そんなに顔弛んでた…!?」

「そこは別に気にするとこじゃない! そうじゃなくて、それなりにやり取りしてたからそろそろ付箋もなくなる頃なんじゃないかなー、と思ったのよ。なつるはメモとかノートにもよく付箋使う方だしね」

「な、なるほど…」



お見事です、小早川先生。

だけれど何というか、言い当てられると謎の羞恥心が込み上げてくるというか…。

確かに黒子くんと本の貸し借りをするに当たって、ちょこちょこと書き添え合うことが増えたのは事実だ。
もしかしたら返事が来たりしないかな…と期待を持ちながら返ってきた本を開いた時、丁寧な字の並んだ見覚えのない付箋が自分の栞に貼られていた時は、その日中上機嫌で過ごした覚えもある。

でも、まさか歩ちゃんがそのことに気づいていたなんて。
隠したいわけではないのだけれど、なんとなく気恥ずかしくて、顔に熱が集まるのが自分でも分かった。



「な、なんか…恥ずかしい…」

「うふふふ…よきかなよきかな。それじゃあ私はなつるの付箋選びの邪魔しないように漫画コーナーにでも行ってるわ」



掌で顔を隠しながら俯くと、ぽんぽん、と背中を叩かれて更に居たたまれない気分になった。
別に、やましいことをしているわけでもないのに。

スキップでも踏みそうな雰囲気で先に行ってしまった歩ちゃんの背中をなんとも言えない気分で見送り、私も一つ溜息を吐きながら入口付近から足を踏み出す。



(ええと…とりあえず付箋、付箋……)



比較的すぐに見つけられた売り場は、やはりというかバリエーションに富んだ雑貨の数々が並んでいる。その中に付箋のコーナーも見つけて、並んだそれらを端から眺めた。

大きめで、メモが取りやすいのはフィルムタイプよりも紙のタイプだ。
今まで使っていた猫のキャラクターものも可愛くてお気に入りだったけれど、どうだろうか。
個人でメモとして活用するだけなら同じように好きなデザインでいい気がするけれど…。



(黒子くんとも、やり取りするしなぁ…)



そこまで気を使う必要はないとは思うのだけれど、なんとなく気になってしまうというのも本当で。
どうせなら手元に残る時に好印象のものがいい。彼が私からの小さな手紙を、取っておいてくれているかは分からない、けれど。

ううん、と内心で首を振る。
取っておいてくれていると思うのだ。彼は人の気持ちをよく見て、大事にする人だから。
そして、だからこそこんなに小さなことで、私は考え込んでしまう。



「どうしよう…」



キャラクターものは、やっぱり私も女子なので心惹かれるものがある。
けれど男子としてはどうなのだろうか。彼はあまり、似合う似合わないは気にしない気もする。

個人的には動物ものは捨てがたい。犬も猫も可愛いし…と、ついそれら二つを手にとってじっと見つめてしまった。

い、いやいや、シンプルなものも視野に入れるべきだよね…!
でも、授業や手帳用と分けるなら、片方キャラクターものを買うという手も…。



「可愛いですね、その付箋」

「うん、すごく可愛くて迷って‥る………え?」

「こんにちは、白雲さん」

「っええ!? くっ、く‥黒子くんっ…!?」



すぐ近くの背後からかけられた声に普通に返事をしてしまってから、数秒間考えてから勢いよく振り向くと、そこにいた人物に驚いて思わず後退った。

久しぶりに驚いてもらえました、とほんの少し悪戯が成功した子供のように表情を弛める彼は、今し方私の脳内を占めていた彼に他ならない。



「な、何で? 黒子くん…?」

「部活帰りです。何か新巻が出ていないかと思ってここに来てみたら、白雲さんらしい後ろ姿を見つけたので」

「そ、そっか‥部活お疲れ様。でも…はぁ、びっくりしたぁ…」

「すみません。少し悪戯心が疼いてしまって」

「ううん…わざわざ声掛けに来てくれたんだもん。嬉しいよ」



頭の中から彼が飛び出したのかと、一瞬本気で考えてしまったけれど。

部活帰りということは、日曜にも部活動があるということか。
確かに制服を着ている彼を見上げながらまだ速まったままの心臓を胸の上から押さえていると、それはそうと、と彼の視線が私の手元に落ちた。



「付箋を買いに来たんですか?」

「え…あ、うん。今までのが無くなっちゃって……あ、そうだ」

「?」

「黒子くん、この中の付箋ならどの辺が好みかな」



突然声をかけられたのには驚いたけれど、これはとてもいいタイミングだった。
彼の気に入るものにするなら、私個人の考えで決めるより本人の好みを聞き出した方が確実だ。

もう、こうなれば直接聞き出す他はない。
折角偶然でも会えたのだから、彼とのやり取りに使う付箋は彼に決めてもらおう。

そう思って問い掛けた私を見返し、数秒考えるように視線をさ迷わせた黒子くんは不意に手を持ち上げ、私の手にあった付箋の犬の方をとん、と人差し指で叩いた。



「これが可愛いと思います」

「! 本当? じゃあこれにしようかな」



どちらかというと彼はシンプルなものを好みそうな気がしていたのだけれど、返ってきた答えは私にとっては嬉しいものだった。

でも確かに…動物は好きそうだよね、黒子くん。
そして懐かれやすくもありそう。
構い過ぎず、かといって放置するわけでもなく絶妙な距離感で接するところが容易に想像できて、ついつい頬が弛む。黒子くんが飼い主なら動物も幸せだ。

そんなことを考えながら猫の方の付箋は売り場に戻そうとしていたら、先程犬の方を叩いた指先が私の手の中からそれを拾い上げていった。



「? 黒子くん?」

「これはボクが買います」

「え…?」

「交換できますから」

「……!」



ふわりと優しく微笑む彼が何を言いたいのか、気づいて一瞬時間が止まった。
そして込み上げる、むずむずとした羞恥心。それが身体の芯を擽って、思わず私は熱くなる顔を手で覆い隠した。



「そういうこと、ですよね」

「………そういうこと、ですけど…黒子くんって…」

「何ですか?」

「…優しすぎる…よ…」

「それは白雲さんも人のことは言えませんよ」



なんだか嬉しそうな表情でそう口にする黒子くんに、私は少しだけ悔しい気分で俯くことしかできなかった。







日曜日の偶然




私があなたに合わせようとしたように、あなたも私を思ってくれたと、そういうことなのだろうから。
20120813.

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