incidental | ナノ


家に帰り着いてすぐに、普段着に着替えて夕飯の仕度に入る。

学校から持ち帰ってきたパエリアは一度フライパンで温めなおし、朝から拵えておいた海老とオクラの冷製スープを二人分装う。
レタス、トマトを手早く切って豆腐と一緒にサラダとして飾り付けている最中に、ジーンズにTシャツといったラフな格好で二階の自室から降りてきた弟がまたか、とでも言うように溜息を吐いた。



「二人とも仕事?」

「お父さんは会議の後飲みに行くって。お母さんも久しぶりに会う仲間と食事会だよ」

「…オレに言えって言ってんのに、また姉ちゃんに連絡したわけ」

「颯に言うと怒るから、二人とも言い難いんだよ」



昼休み頃に入った両親からのメールを伝えれば、更に眉間に皺を寄せる弟に苦笑する。
うちは比較的夜に家族が揃うことが少ない。というか、両親が家庭を重んじるタイプの人間ではないのだ。

昔から母は家事が下手だったし、父もそれを助けるような行動に出ることはしなかった。
小学校高学年の頃には子供二人きりを家に残して出張やら何やら出掛けていっていたことを思い出すと、せめて弟がいてくれてよかったなぁ、と思う。



(一人きりじゃないから、寂しくないし…)



わりと二人が幼い頃から家の事から手を引いた母のおかげで、覚束ない家事を必死にこなす私を、またこちらも必死になって手伝ってくれていた可愛い弟の姿を思い出すと、ついつい頬が緩む。
両親に対する当たりは厳しいけれど、今でも私のことを思って怒ってくれる弟には感謝の気持ちしか浮かばない。

今日も美味しかった、と言って差し出される空の弁当箱を受け取ると、空いた手で当然のように料理をテーブルに運んでくれる背中を見つめて、大きくなったなぁ、なんて母親のようなことを思ったり。



「あの人達は、姉ちゃんの大切さに気づくべきだと思うよ」

「大袈裟だなぁ」

「どこが。わりとギリで育児放棄されてるだろ、オレら」

「言い過ぎだよ、颯。二人とも家のために頑張ってくれてるんだから、そこは感謝しなくちゃ」



ああ、でも、私だけじゃ寂しいのならごめんね。

料理を並べ終わったテーブルに向かい合わせに座りながら溢した一言に、颯はむ、と顰めていた眉を緩めた。



「姉ちゃんいるのに寂しいわけないじゃん。あの人達があり得ないって話だよ」

「うーん…まぁ、いいじゃない? 姉弟仲はおかげで深まってるってことで。ほら、ご飯食べよう? 出来立てには劣るけど、今日のパエリアもうまくできたんだよ」

「……いただきます」

「はい、どうぞ」



きちんと手を合わせてから箸を取る辺りも、中々現代には珍しいくらいよく育ったのではないかと思う。
部活でも食べてきている私はスープに口をつけながら、箸を動かす弟の姿を眺めた。

短く切り揃えられた焦げ茶色の髪と、少し勝ち気そうにも見えるつり気味の目は昔から変わらない。
小さな頃から私の手伝いを当たり前のようにしてきてくれたできた弟は、両親よりも私を想ってくれている。

父と母には申し訳ないけれど、そんなところも可愛く思えたりするのだ。



「ん、美味い」

「そう、よかった」

「でも、よくこんなん作れたな。材料費かかるんじゃないの?」

「うーん…まぁ、部費で買った材料だからね。今日はちょっと部員が来なかったから、見計らって彼方くんが横領しちゃったというか」

「駄目じゃん」

「あはは、悪い部長さんだよねぇ」

「そんなんで部活成り立つのかよ…」

「何とかなるよ。彼方くん悪知恵は働くから」

「ろくな部長じゃなさそうだな」



苦々しい顔をしながらも、何だかんだ年上の幼馴染みにも心を許しているのだ。
私が誠凛に入学が決まったとなると直ぐ様、何かあったら助けになってほしいと頼んだらしいことも幼馴染みの口から耳に入っている。

本当にいい子に育ったなぁ…と一人で和んでいると、自分の皿にサラダを装いながらそういえば、と呟く颯と目が合った。



「今日校門で男といたよな」

「え? ああ、うん」



黒子くんに気づいていたとは、さすがだ。
少し驚いたけれど颯も中々観察眼に長けた子なので、そうおかしいことでもないか、と納得する。

ただし、次に飛び出してきた言葉にはさすがに驚いて箸を取り落としそうになったけれど。



「彼氏?」

「…………は…?」



一瞬、言葉の意味を把握できなくて固まりかけた。

じい、とこちらを見つめてくる弟の視線に、すぐに慌てて首を横に振ったけれど。



「え? ち、違うよ、友達…うん、友達だよ?」



友達、だよね?

どんな友人かと聞かれると答えに窮するけれど、彼氏なわけがない。
驚いて速まった動悸を収めようと深呼吸すると、私の反応を逃さず観察していた颯はふぅん、と頷いた。



「彼方以外の男で、わざわざ立ち止まって会話してるのは初めて見たから、そうなのかと思った」

「まさか…私に彼氏なんて。もしできても颯に言わないわけないじゃない?」

「……まぁ、いいか」

「え?」



私の答えに少し視線を宙に投げた颯は、何か自分一人納得したように頷くとすぐにまた箸を動かし始めた。







夕食時の疑問




たまに何を考えているのか解らないけれど、いつも優しく気が利く颯は私の自慢の弟だ。



(手伝うよ)
(いいよ、颯はお風呂入っておいで)
(じゃあ、オレが皿洗うから姉ちゃんが拭く方やって。そしたらオレの方が早く終わるだろ)
(ありがとう…颯はいい旦那さんになるね)
(…姉ちゃんがそれ言う?)
20120727.

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